ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編2)
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24.ランシール

 季節が冬であることを理由に、マルロイはオリビアの岬へいくことを拒んだ。
 船の運航については、マルロイに一任するとアレクシアが明言してしまっている以上、他の4人も何も言えない。オリビアの岬に行くためだけに船に乗り込んだといっても過言ではないレイモンドは面白くなさそうに表情をゆがめたが、マルロイを船に乗せるように推薦したのも自分なら、アレクシアをリーダーと認めたのも自分だ。文句など言えようはずもなく、黙々と目先の作業をこなし続けた。甲板掃除に帆やロープの修繕、もちろん自前の武具の手入れもしなければならないし、やることはたくさんある。



「今いるのがこの海域ですから」

 マルロイが指差したのはエジンベアとルザミの間の海域だ。
 冬の海を避けて、安全な海域へ移動しなければならない。オリビアの岬へ向かうのは春風を待ってからだ。

「本格的な冬になる前に近くの港に入ったほうがいいでやしょう。ここからだと一番近いのはアリアハンですが…」

 海図を覗いていた全員が、アレクシアを見た。イシス、エジンベアの両宮廷で言われた言葉はアレクシアの心に溶けないしこりとなって残っているに違いないのだ。事実リリアは、エジンベアで「アリアハンの母にどう対していいのかわからない。会いたくない」というような話をアレクシアから聞いている。

「……」

 海図をじっと見つめたまま押し黙るアレクシアの代わりに、セイが口を開いた。務めて明るい表情で。

「いやぁ、ほら。大口たたいて出てきちゃってるからさ、今みたいな状況で帰るのもなんか格好悪ぃじゃん?」
「う、うん。そうだね。僕も帰りづらいな」

 ディクトールもうんうんと頷く。彼の場合、賢者になると言って出てきたのだ。ダーマ参詣もまだとあっては、余計に国許に顔は出しづらい。

「とは言われましてもなぁ…」

 真冬に海に出る酔狂はいない。
 いかなルザミ海賊団とて、冬は故郷に戻るのだ。獲物となる商船がいないというのが一番の理由ではあるが、天候が悪化し、危険が一層増す冬は、陸も海も旅には向かない季節なのだ。
 腕を組んだマルロイに、アレクシアは苦笑して幼馴染二人を見た。セイはそ知らぬ顔で、ディクトールは気遣わしげに、その視線を受け止める。

「わたしのことなら…」
「バハラダへ戻ればいい」
「え?」

 言いかけた台詞を飲み込んで、アレクシアはレイモンドを見た。
 全員の視線が、レイモンドに集まる。

「冬の間、船はルザミにおいていく。俺らだけルーラでバハラダなりロマリアなりにいけばいい。そこで冬を越して、春になったら船でオリビアの岬を目指す」

 どうだ? と一同を見渡す。それはそれで、良い考えのように思えたのだが…

「春まで、時間を無駄にするのか?」

 せっかく船を手に入れたというのに、何もしないまま時間を浪費するのは余りに愚かな事の様に思えた。
 難色を示すアレクシアに、レイモンドの眉間にシワが寄る。

「じゃあ、どこに行けっていうんだよ?」

 腕組みして大きく溜息をつき、不機嫌さを隠しもせずにレイモンドはアレクシアを顎で見下ろす。この態度には、アレクシアもカチンときた。

「だからそれを話し合っているんだろ。熊じゃあるまいし、春まで寝床に篭ってるわけにいかないじゃないか!」
「誰も冬眠しろなんて言ってないだろが! 大体、海に出られないんじゃ、船なんか邪魔なだけなんだよ!」

 通常、船は冬の間、しかるべき施設のある港にドック入りする。春、また無事に航海を始めるために必要な処置だ。勿論、陸路を旅していたのとは桁違いの資金が必要だ。だからこそ、レイモンドとセイは船で貿易をするよう勧めたのだから。

「ならどうするってんだ!」
「わかりやした!」

 今にもつかみ合いを始めそうな二人の間にマルロイが割って入る。

「ランシールへ行きやしょう。あそこなら年中あったけぇし船の整備も出来る。ルザミへ戻るよりみなさんの旅にも実があるはずでさぁ」

 否やを言わさぬ勢いで、海図を指で追いながら説明する。アリアハンヘ向かう海流に乗らず、風を捕まえてランシールへいく。アリアハンよりさらに温かな気候だというランシールには、火山と大地の神ガイアの大神殿があるという。

「仲間から聞いた話だと、ランシールのガイア大神殿では勇者を探しているそうです。古い神殿だ。なにかあるでしょうや」

 古来より、神殿には宝物が集まる。
 万人が価値を認める美術品や金銀の調度品をはじめ、一部の人間にしか価値のわからない歴史的、宗教的に貴重な文化財や聖遺物まで。マルロイが興味をもっているのは前者のほうだろう。いかに七ツの海を股に翔けるルザミ海賊団といえどもランシールの内陸に位置するガイア大神殿を襲撃する機会はなかった。今は海賊稼業から足を洗っているとはいえ、お宝という響きに対する興味がなくなったわけではないのだろう。マルロイの口調が浮かれたものになるのも無理はない。
 ともあれ、マルロイの言うことには頷くだけの説得力があった。
 とにかくアリアハンを出ることから始まった旅。何物なのかもわからない、魔王と名乗るバラモスというモノを倒す為の、漠然とした旅だ。オリビアの岬へ行くという、確たる目的のあるレイモンドには悪いが、それすら一日を争わねばならぬような急を要する話ではなく、いわばアレクシア達の航海には、目的地がない。世界中をふらふらと渡り歩き、そこで判明した事実や課された使命・依頼に沿って動いているに過ぎない。
 改めて自身の行動を振り返ってみると、本当にいきあたりばったりだと苦笑せざるを得ない。
 ダーマ同様、古い神殿であるランシールなら、マルロイの言うように有益な情報が手に入るに違いない。勇者を探している、という噂も気になった。

「ランシールへ行こう。いいか?」

 確認するように仲間の顔を振り返る。

「いいぜ」
「アルが決めたんなら」
「もちろん!」

 最後に、アレクシアは真正面に立つレイモンドを見た。

「嫌なら別の船を当たってくれ」

 言いながら、一度仲間にすると言った癖に、随分と器量が狭いではないかと、自分で思わないでもない。けれど素直に、着いてこいとも、すまないとも言えなかった。
 強張った表情のアレクシアに見上げられたレイモンドは、それを皮肉や挑戦と受け取ったらしい。
 このご時世、船なんかそう手に入るものではない。第一、海洋国家は対バラモスで一致してしまっていて、決められた航路以外を航行することはない。フリーな船はこの船くらいなものだ。
 気に食わなかろうが、この船しかないのだ。アレクシアから主導権を奪おうも、セイを始めマルロイまでがアレクシアに忠誠を誓っている以上無理な話だ。

「…嫌だ何て言ってないだろ…」

 ぐ、と不満を飲み込んでの言葉。飲み込み切れなかった不満のかけらが、レイモンドの秀麗な額から覗いて見えた。

「そのかわり! 春になったら、まっすぐオリビアの岬に向かってもらうからな!」

 指を突き付けて主張した後、話は終わったとばかりに踵を返す。
 決まった以上はここに雁首並べている意味はない。

「帆の向き、変えるぞ」

 顎をしゃくって、レイモンドはセイに呼びかけた。おう、と応じたセイと並んで船室を後にする。
 だからレイモンドは見ていなかった。彼が残ると告げたとき、アレクシアが浮かべた表情を。それを見て、暗く燃えた神官の瞳を―…
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