ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編1)
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23.大海原


「言ったろ。海の事は海の奴らに聞けって」
「オレも賛成」

 どういう風の吹き回しか、二人揃って同じことを提案しにきたレイモンドとセイを、アレクシアは交互に見つめた。
 前夜の宴会では二人とも浴びるほど酒を飲んでいたはずだがケロリとしている。アレクシアなどは昼まで起き上がれず、今も二日酔いによく効く薬草茶をディクトールに煎じてもらったところだ。リリアに至っては寝台から起き上がることすら出来ないでいる。

「反対はないが…」

 頭痛を堪えつつ、アレクシアは言う。

「誰に頼むか見当はついているのか?」

 レイモンドとセイは、海賊の一人を航海士として連れていこうと言うのである。海図だけ譲られても、今のアレクシア達では宝の持ち腐れになる。であれば、人ごと乗せてしまえという話になったのだ。
 これらの話は、アレクシアがカテリーナに捕まっている間に決まった。それでこうして、アレクシアの考えを聞きにきているのだ。

「実は話はついてるんだ。あとはおまえと頭目の了承さえ採れれば出発できる」
「なんっ」

 話が早いのは結構だが、こうも話が進んでいると多少呆れる。しかもカテリーナとの交渉は、アレクシアに任せるときたもんだ。

「妹だろ?」

 レイモンドににやっと笑われて、アレクシアはもう自棄だとテーブルを叩いて立ち上がった。



 訪ねていったカテリーナの部屋には先客がいた。
 カテリーナも、先客――マルロイだ――も、アレクシアが来ることを予めわかっていたのだろう。席を勧め、アレクシアが一息つくまえに、カテリーナは話始めた。

「おまえ達、船乗りを探しているんだそうだな」

 ポルトガを出てからエジンベアに立ち寄るに至った話は既にしてあった。頷くアレクシアに、カテリーナは確認するように頷く。

「マルロイが、おまえの船に乗る」
「え?」
「なんだ。聞いていないのか」
「え、や、まぁ…」

 寝耳に水だ。
 連れていく人員には心辺りがあるとは聞いていたが、まさかマルロイだとは思わなかった。
 歯切れの悪い答えを返すアレクシアに、カテリーナは首を傾げた。視線だけで、マルロイに話を促す。

「お嬢さん。この成りです。わっしにゃあ、もうこの稼業は出来やせん」

 レイモンドが切り落としたマルロイの指は、くっつかなかった。日常生活に支障はなくとも、海賊として海で生きていくのに、これまで通りとは行かないだろう。

「ですが、わっしは今更陸の上じゃ死ねやせん。島の若ぇもんに面倒みてもらうなんて、我慢がならねぇ」

 海に詳しい人間は必要だ。マルロイならば文句はない。しかし、アレクシアは頷くことを躊躇った。
 海賊稼業が安全だとは思わない。海の上で生きていきたいというマルロイの言い分は解る。しかし、しかしだ。

「わたし達の旅は、危険な旅です」

 海の男が、今更危険を云々するはずもないが、彼等とアレクシアの生き方は、根本的に違うのだ。アレクシアは旅の目的を、まだカテリーナ達に話していなかった。

「わたしは、オルテガの子です。バラモスを倒すために、旅に出ました」

 小娘一人が、世界を救うだなどと。夢物語だ。
 笑われても仕方ない。

 誰かにそう言われたわけでもないのに、アレクシアは旅の目的を、人に面と向かって話すのがいやだった。自分自身が、心のどこかで自分のやろうとしていることを、無理だと、馬鹿馬鹿しいと感じているからだろう。

「願ってもない」

 知らず膝に置いた手をきつくにぎりしめていたアレクシアに、その言葉は最初、意味がわからなかった。

「……え?」
「ルザミの海賊から勇者様の仲間が出るんだ。ルザミの名を世界中に轟かすいい機会じゃないか!」

 居住まいを正したカテリーナが、真正面からアレクシアを見た。

「あたしからも、よろしく頼む」

 深々と下げられた頭を、アレクシアは言葉もなくしばらく見つめていた。



 ルザミから、エジンベアへ帰港する。エジンベア王リチャードへは、海賊がもうエジンベア船籍の商船を襲わない旨を明記した書状を、カテリーナとアレクシアの連名で提出した。さらにアレクシアは、エジンベアにルザミ海賊団を海軍勢力として雇いいれるように進言する。これには大臣以下、宮廷の男達は驚きを隠せない様子であったが、リチャードW世の鶴の一声で、ルザミ海賊団雇用が決定された。カテリーナ率いるルザミ海賊団が相手取るのは、専ら商船を襲う魔物達であって、人間ではない。貴重な海上勢力を人間同士の戦いで減らすべきではない。アレクシアの提案は、リチャード、カテリーナ、アレクシアの連名でポルトガ、ロマリア、アリアハンにも、正式に送られる事になった。アレクシアは、エジンベアとルザミに和解条約を結ばせたばかりではなく、海上の人間間の火種まで消してしまったことになる。
 恒久的な平和ではないにしろ、全ての海洋国間での同盟が結ばれたのはこれが初めてのことだ。
 この偉業に、盟主として各国の王に先んじたエジンベア王リチャードの面目はたった。ルザミにも、事実上の制海域を拡大させる事で利益を齎す。
 双方の利益を守る結果をもたらしたアレクシアには、約束通りエジンベアの宝物庫が開かれた。宝物庫の中身は、イシスのピラミッドから盗掘されて来たらしき美術品や、どこぞの原住民が奉っていたなんだかよくわからない魔法の壷など、旅には関係なさそうなものばかりでアレクシア達を辟易させたが、王の好意を無下にも出来ず、旅の邪魔にならなさそうな壷をもらい受ける事にした。
 エジンベアで歓待を受けた後、ようやくアレクシア達は船に乗り込んだ。
 整備と補給、ついでにエジンベア特産の香木を満載した船は、いかにも重たそうな船体を港に停泊させていた。

「オリビアの岬にいくんでしたな。あそこには魔女がいるって、船乗りの間じゃ有名な海域でさぁ」

 アレクシア達の持つ海図を訂正し、こまごまと風や潮の流れを書き込みながらマルロイが言う。

「魔女?」

 意味ありげにリリアを見たセイは、その場でリリアに足を踏まれた。二人のやりとりには構わず、マルロイは話を続ける。

「狭い海峡で、常に強い風が吹いていやす。暗礁だらけで潮流も急だ。船の墓場だなんていう連中もいて、誰もあそこへは近寄りたがりやせん。魔女だなんて迷信でしょうがね。あすこに入り込んだ船がみんな沈んじまったのは事実でさ。幽霊船までうろついてるなんて噂もありゃした」

 魔王がいるのだ。魔女や幽霊がいたって可笑しくないとマルロイは笑う。

「船乗りの骨とかいう呪い道具が幽霊船を呼び寄せるそうです。薄気味悪いってんで、うちの若ぇ奴がひとにやっちまったんでさ」

 海図の出来栄えに頷き、マルロイはアレクシアを振り返る。

「船のことはわっしに任せてくださるんでしたな?」
「ああ。わたしたちは素人だからね。戦闘以外は任せる」

 アレクシアの返答に満足そうに頷いて、マルロイは男達を見た。睨め付けた、というほうが正しいだろう。セイが思わず姿勢を正すほど、老人の目は鋭かった。

「碇を上げろ! 船を出すぞ!」

 空気をびりびりと震わす程の大声に、セイとレイモンド、ディクトール、それにアレクシアまでが、船室を飛び出していった。怒鳴られながら出航の準備を整える。
 瞬く間に帆をいっぱいに張った小型帆船は、外洋に走り出ていった。




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