ドラクエ3

□お題SS
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2009年クリスマス
それぞれの距離

 背の低い樹木が、まばらに生えているだけの草原を、石畳の街道が延びている。
 かつてロマリアが、領地拡大のために整備した街道は、そのまま人々の生活を繋げて来た。戦の為に切り開かれた、見晴らしのいい草原も、野党の類の襲撃から旅人を守っている。
 しかし昨今、旅人を襲うのは野党の類ではなく魔物だ。この場合、隠れる場所のない平原は空からも少し離れた場所からも、ただでさえ少ない旅人は目立ちすぎる。互いの姿が見える、と言う点では、不意打ちを喰らう心配はないということで、旅人にも利点はあるのだが。まして、ただの旅人などではない、武装した集団であれば尚の事。

「ベギラマ!」
「イオラ!」

 先手必勝。レイモンドとリリアの放った火炎と閃光は、いまだ十数歩の距離にあった獣達を焼肉の塊に変えた。それぞれ武器に手をかけていたアレクシアとセイは、苦笑いを浮かべて武器から手を離す。

「平原はいいな。気を使わずに大技がぶっ放せる」
「そうね。ちまちまやるのは性に会わないわ」

 後ろで聞いていた三人は、互いに意味ありげな顔を見合わせた。
 いつ、リリアが魔物を相手に手加減を加えたか、誰も心辺りがなかったからだ。

「あ、でもほら、船ではヒャド系が多いよ」
「いや、ありゃあ、ギラ系が効きづらいのが相手だったからだろ?」
「あー…。洞窟ではイオはしないじゃない?」
「……魔法の玉の一件はそこに含まれないのか?」

 それになにより、当時のリリアはまだ今のように驚異的な魔法を覚えていなかった。威力からして、旅立った当時とは桁違いにでかくなっている。
 三人の背中に嫌な汗が伝い落ちた。屋内でイオラをぶっ放し、倒壊する瓦礫の下敷きになる我が身を想像してしまったからだ。
 レイモンドはさておいて、リリアが場所を考えて呪文を選んでいたとは思えない。彼女にとって重用なのは、どれだけ効率的に邪魔物を排除できるか。それがこれまで成功してきているのだから、ある意味彼女の魔法センスというか、魔法に対する本能は驚嘆に値する。

「ちょっとあんたたち! なにやってんの?」

 こそこそやっていた三人は、びくりと背筋を硬直させた。
 腰に手を当てアレクシア達三人をリリアが睨んでいる。

「な、なんでもない!」

 引き攣り笑顔でアレクシアが足を早めて、リリアの肩を叩いた。

「行こっ。ほらほら、街が見えて来たよ」

 アレクシアの指差す先に、色とりどりのリボンで飾られたロマリアの街が見えた。



「…なぁ?」

 宿へ荷物を預け、街の中抜け通りを城に向かう道すがら、レイモンドが誰にとも無しに呟いた。
 リリアがセイとじゃれている(当人同士は否定するだろうが)ので、今レイモンドの隣をアレクシアが歩いている。

「?」

 口を開けばいい思いはしないので、極力アレクシアはこの金髪の青年とは話さないようにしている。
 ちらりと視線だけむけると、一瞬レイモンドはアレクシアを見たが、すぐに辺りの建物に視線を戻した。そして、ぽつりと疑問を口にする。

「なんだってここは、こんなに派手に飾ってあるんだ?」

 ぱちくりと瞬きを三度。居心地悪そうにレイモンドがアレクシアを見下ろすまで、アレクシアはレイモンドを凝視した。それから数秒。たっぷり間を置いて

「………は?」
「は、じゃねぇよ」

 間の抜けた返答に、レイモンドはがしがしと前髪を掻きむしる。

「知らないのか?」

 信じられないと目を丸くするアレクシアの視線から逃れるように、レイモンドはぷいと前を向いた。その横顔が微かに赤いようで、アレクシアは二重に驚いた。

「知らないから聞いてるんだろ? 知らなきゃ悪いかよ?」
「いや…」

 素直というか、子供っぽいというか、とにかくこんなレイモンドは初めて見る。

「悪かないさ」

 なんだか、嬉しい。
 男の人をかわいいと思ったのは、多分これが始めてだ。
 体の真ん中から沸き上がる感情に、訳もわからず笑みが零れる。

「笑うなっ」
「ふふ、悪い」

 宗教行事だから、本当はディクトールに話を振るのが正解だ。こういう話を人に話して聞かせるのが得意な男なので、きっと喜んで喋り出したことだろう。
 けれど、そうしなかった。そんなこと、考えもしなかった。

「この辺りだけの風習なのかな? ミトラ神の再生誕祭を、祝ってるんだ。アリアハンでも、こんなに豪華じゃないけど、庭の木を飾ったりして祝う」

 未曾有の大災害が世界を襲い、その傷痕から再び世界が立ち直ったのを祝い、神に感謝する奉りの日として、その年最後の祝日をきらびやかに飾り立て、子孫繁栄を祈願してご馳走を食べる。
 地方によって形こそ違えど、主旨は同じはずだ。レイモンドが知らないというのを、アレクシアでなくとも首を傾げただろう。

「そっちでは、やらないのか?」

 サマンオサは鎖国状態。国の名前さえだすのは憚られた。ましてレイモンドは国を追われた身だ。

「……ああ」

 返答の前に挟まれた沈黙の意味を、アレクシアは問うことが出来なかった。道の遥か先を見詰める瞳が、酷く寂しげに見えたから。そこにいる男が、知らない誰かのように思えて、アレクシアの知るレイモンドが、どこかに消えてしまいそうで、アレクシアは思わず隣を歩く男の腕を掴んでいた。

「なんだよ…」

 じと目で見下ろされて初めて、自分の行為に気付く。

「あっ? いやっ、ごめんっ、そのっ」

 慌てて手を離して、間を繕うように言い訳を考えて意味のない言葉を羅列する。

「そうだ! 折角だから、パーティしよう! 陸(おか)にいるのも久しぶりだし、再生誕祭なんだから!」

 くるりと後ろを振り返る。何時からアレクシアの話を聞いていたのやら、それぞれが何かを含んだ表情で、口元に笑みを浮かべている。

「えーと、レイとマルロイの歓迎会も兼ねて」

 セイとディクトールにしてみたら、レイモンドは招かれざる客。歓迎する謂れなどない。とはいえ、数ヶ月同じ釜の飯を食い、生死を共にした仲間であることに間違いはない。

「そうね。賛成」
「うん。再生誕祭だしね」
「オレは酒が飲めれば文句はない」

 女がいれば尚良いが、というセイの呟きは、漏らした途端にリリアに足を踏まれて悲鳴に変わった。

「マルロイを呼んでくるわね」

 当然のように、リリアはセイの耳を引っ張っていく。文句と悲鳴を上げながら、着いていくセイは、実はあれで楽しいのだろう。本気で嫌なら振り切って逃げられる体格差だ。
 道の真ん中に取り残された三人は、しばらくそれを見送って、何事もなかったかのように歩き始めた。

 相変わらず脳天気な衛兵に登城を告げて、王への謁見の許しを請う。船の停泊と補給の許可と、これまでの旅の報告を兼ねての謁見だ。直ぐさま許可が下りる辺り、この国の政が心配になってくる。

「おお! アレクシス! よくぞ戻った!」
「ご機嫌麗しう。ご無沙汰しております。国王陛下」
「よいよい。儂とそなたの間でそのような堅苦しい挨拶は抜きじゃ」

 がははと豪快に笑うロマリア王に、アレクシアはどんな仲だと曖昧に笑う。
 アレクシアからの要望を書いた紙を書記官が読み上げ、それを許可するか否かを王が言い渡すのが慣例だが、王は書記官の言葉を皆まで聞かずに玉座を下りてペンを書記官から奪い取った。

「陛下!」

 諌める大臣の言葉に、小煩い爺めと、王は蝿を追い払うような仕種をした。顔を真っ赤にして、再び大臣が声を荒げる。この騒がしさ、イシスとは偉い違いだ。
 文面等ろくすっぽ読まずに、王は書面にサインして、インクも渇かぬうちに丸めてアレクシアに放った。

「アレクシス! 再生誕祭じゃ! 我が姫にそなたの胤を残して行かぬか?」
「へ、陛下っ!」

 大臣以下、宮廷中の高官が王を諌めた。アレクシアは手の中の書簡を握り潰してしまい、慌ててシワを延ばしている。

「おまえにゃ無理だよなぁ」

 仲間うちにだけ聞こえるように、にやにや笑いながらレイモンドが呟く。真っ赤になっているアレクシアの顔を覗き込んで、わざと耳元で囁いた。

「おまえの変わりに俺が姫君の相手をしようか?」
「ばかっ」

 鳩尾目掛けた肘うちは、読まれていたのか掌で受けられた。謁見の間で騒ぎを起こすわけにも行かず、苦々しく思いながらもそれ以上は手出しも出来ない。

「ご冗談を」
「冗談ではないと言ったら?」

 ひたりとアレクシアを見下ろす王の表情に、謁見の間が一瞬静まり返った。
 ごくりと、誰かの唾を飲む音が聞こえた。

「…お、お許しくださいませ」
「我が姫では不服と申すか」

 ただただ深く頭を垂れるしかないアレクシアに、ロマリア王の視線が突き刺さる。

「お許しくだ…」
「陛下。勇者は清貧の誓いを立てております」

 アレクシアを遮って、響いたのはディクトールの声。

「魔王バラモスめを倒すまで、勇者はどなたも娶りは致しませぬ」

 金、権力、女。大願成就するその日まで、それらを遠ざけて神に大願成就を願う。神官がそれをいうのなら、それに間違いはないのだろう。
 ロマリア王は面白くなさそうに鼻を鳴らし、「冗談じゃ」と踵を返した。
 その場にいた全員が、ほっと胸を撫で下ろしたのは言うまでもない。内心でディクトールに感謝しつつアレクシアもそっと息を吐いた。


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