ドラクエ3

□お題SS
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「びっ」

 城を辞して、まずアレクシアは通りから外れた建物と建物の間に手を付いて長々と息を吐いた。

「っっくりしたぁ…」

レイモンドとディクトールは、互いに顔を見合わせてやれやれと笑う。

「ディ、ありがとう。助かった」

 ディクトールは黙って首をふった。
 もしもあのまま追究されたら、アレクシアは女であることを打ち明けざるを得なかっただろうし、そうなれば、国王を欺いた罪を問われただろう。あの国王の事だから、王子ないし自身の相手をするように言い出しかねない。
 それは、ディクトールにとっても非常におもしろくない話だった。

「相変わらず無茶苦茶いう王様だよね」
「本当に」

 二人はそういって苦笑したが、レイモンドの認識は少々異なる。
 ロマリア王に対面したのは初めてだが、国王などというのはどれもあんなものだとレイモンドは思っている。エジンベア王だって、食えない人物だったではないか。
 大通りから少し外れた賑やかだがいかがわしい空気の流れる一画が、大きな街なら必ずある。今居る場所からだと、そんな街の裏側がよく見て取れた。視線を転じて、レイモンドは街の裏側を見た。かつて自分が歩いていた、街の影を。
 人々の繁栄を、世界の再生を願うということは、子を作るということに外ならない。夜の営みは自然なことだが、繁殖という本筋から外れた快楽だけを、いつしか人が求めるようになったのもまた事実で、かつての大帝国が滅びた時と同じ罪を、人は再生を祝うこの日を理由にして、我知らずくりかえすのだ。
 自分も、そうだった。
 昔を思い出すほど年老いてはいないが、サマンオサにいた頃のレイモンドは、女が望むままに女を抱いた。男だって、金を詰まれて抱いたことがある。

(こいつらにゃ想像も出来ないんだろうな)

 街の影から顔を背けた時、自分と同じ瞳で影を見詰める神官と目が合った。陰りや汚れとは無縁だと思われていた神官サマが、ふっと妙に退廃的に笑ったのが、レイモンドの興味を引いた。
 レイモンドが見ているのに、ほどなくディクトールも気付く。嫌なところを見られたという顔で、ディクトールは困ったように眉を少しだけ下げて笑う。しかしそれには構わずに、ディクトールはアレクシアを手まねいた。

「早く戻らないと、セイとリリアに怒られるよ」
「リリアに、ね?」

 顔を見合わせくすりと笑う。
 案外二人きりで楽しくやっているのかもしれないと、アレクシアなどは思うのだけれど。
 照れ屋なリリアの事だから、合流すればきっと赤い顔をごまかすように怒ったように文句をいうのだろう。

「こっちのほうが、近道じゃないか?」

 先ほどレイモンドとディクトールが見ていた道を指差し、そちらに一歩踏み出したアレクシアを、レイモンドは腕を掴んで止めた。

「な、なんだよ?」

 驚いて振り返るアレクシアの肩が、強く引きすぎたのだろう、レイモンドの胸に当たった。後ろから抱き寄せたような恰好になり、アレクシアは慌てた。

「やめとけ」

 掴んだ二の腕も、胸にかかる重さも、やはり頼りない少女のものだ。どんなに剣の腕が立とうと、アレクシアは少女なのだ。
 体を離しながら、訝しげに見上げてくる。その距離の近さに、あるいは微妙に開いたその距離そのものに、妙にレイモンドの胸が騒いだ。

「世間知らずはこれだから」
「え?」




 吐き捨てた言葉を聞き咎めてアレクシアが僅かにレイモンドに顔を寄せる。それは、よく言葉を聞き取ろうとする者の自然な体の動きだ。それ以外に意味はない、無意識な動きだとしても、少女の髪から、衿の隙間から立ち上る甘い香が、僅かに詰められた距離のお陰でレイモンドの鼻孔をくすぐる。

「ちっ」

 舌打ちして、レイモンドはアレクシアを押しやった。さすがに転びはしないが、不意のことでアレクシアはバランスを崩す。横を大股で歩き過ぎるレイモンドを、捕まえることが出来ない。延ばした腕は、空を掻いた。

「おまえ見てると苛々する」

 胸がざわつく。わけがわからない。こんな気持ちは知らない。

「ディクトール、そいつ連れて戻ってろ」

 アレクシアの性格からして、後を追っては来ないはずだ。ディクトールだって、追わせはしないだろう。それを見込んで、レイモンドは裏通りに足を向けた。
 ついでに女でも引っ掛けたら、この苛々は収まる。
 根本的な解決にならないことは、わかっているけれど。

「そんな勝手な!」

 食ってかかろうとするアレクシアの肩を、ディクトールが止めた。

「夜のうちに戻れよ」

 レイモンドは少しだけ振り返り、ディクトールに頷いた。ディクトールには、その時のレイモンドが詫びているように見えた。

「ああ」

 それきり裏通りの暗がりに消えていく。途中角から現れた女と二、三話して、肩を抱きながら角の向こうに消えていく。
 アレクシアはその行く先を見ていなかった。カッと頭に血が上って、歩き始めていたから。
 苦笑したディクトールが、黙ってその後を追った。

「パーティしようって言ったのにさ、勝手な奴!」
「レイモンドにも都合があるんだよ」
「都合?」

 八つ当たりだとわかっていても、語気が強くなるのを止めることが出来ない。
 挑むように睨み付けられて、ディクトールはうーんと困惑顔で唸った。
 どう説明したものか。
 レイモンドは初めからアレクシアを女性として扱っていた。
 二人を見ていたから、レイモンドと同じ気持ちでいるから、レイモンドの気持ちはわかる。
 けれどそれを、そのまま伝える気にもならない。なんでわざわざ、恋敵に塩を贈るような真似をしなければならないのか。

「サマンオサの風習とか、あるだろうしさ」
「そうか…」

 素直に納得するのは、ディクトールが言うからなのだろうが、ここまで疑いを持たれないのも少し困る。

「ロマリアでは、再生誕祭に飾り木の下で男女がキスする風習があるの知ってる?」
「えっ?」

 急な話題転換に、きょとりとアレクシアはディクトールを振り返る。促されて見上れば、ここは調度ツリーの真下だ。

「え? えっ!? あー…」

 多分無意識に、アレクシアはディクトールから離れた。これがレイモンドなら、彼女の足は動いただろうか?
 距離を詰めると、アレクシアはびくりと首を竦めた。目をつむってしまったアレクシアのおでこをぴしりと人差し指で弾く。

「いっ」
「アルはさ、もう少し人を疑うってこと覚えたほうがいいよ」

 呆然と見上げる幼なじみを、優しく見詰める。
 キス、してもよかったのだけれど。

「もしかして、騙、し、た?」

 にこりと微笑んだきり、ディクトールは否定も肯定もしない。

「アル」

 こんな時、セイなら、アレクシアの頭をぽんぽんと撫でただろう。レイモンドは、きっと強引に、しかもそれでいてひどく自然に、アレクシアの肩を抱くのではないだろうか。
 ディクトールは、神官として教育されて来たためか、昔も今も異性に触れることを極力避けて来た。恥ずかしい、というのが一番の理由だが。
 だからディクトールには、これが精一杯。

「行こう」

 差し出した手を、アレクシアはパシンと叩いたあと、小さな頃にそうしたように、しっかり繋いで歩き出した。



2009.12.21



うわぁん(ノд<。)
何がしたいんだよ俺!
クリスマスに託けて、三角関係ドラゴンクエスト。
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