◆ときめきトゥナイト

□ときめきお題
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04. 眩しすぎるのは太陽じゃなくて


 リビングで雑誌を読んでいた卓は、階段を下りてくる足音に、雑誌から目をあげて足音の主を見た。
 リビングに入るなり凝視されることになった人物は、何事かと半歩身を引く。

「ココ、おまえ…」
「な、なによ?」

 両手いっぱいに抱えていた洗濯物に半ば埋もれながら、上目使いにこちらを半睨みに伺うココにずんずん近づいていった卓は、ココの様子にはお構いなしに無造作に彼女の足元にしゃがみこんだ。

「っ!?」

 ココは思わず息を飲んだ。悲鳴を飲み込んだ、というのが正しい。
 自然な手つきで、卓がココの足に触れたのだ。

 パニック寸前で硬直してしまったココをどう解釈したのか、卓はなにかに気付いた様子で立ち上がると、ココの手から洗濯物を取り上げてソファに置いた。
 それからココの手をとって椅子に座らせ、彼女の正面に正座する。自らの膝の上にココの足を乗せて、くるぶしに触れながら尋ねる。

「足、どうかしたか?」
「え?」

 尋ねながらくるくると靴下が脱がされて、素足を撫でられている。ココの心臓は口から飛び出そうだ。失神してしまいそうな程緊張している。

「痛めてる?」
「な、なんで…」

 実際右足に痛みがあった。しかしごくわずかで、歩くのにも支障はないし、ココ自身もあまり気に止めていなかった。誰にも言っていないことだ。卓に気付かれたことが不思議だった。
 しかし卓は、ココが理由を尋ねてくること自体腑に落ちないとでもいうようにココを見上げてくる。
 しばしお互いに無言で見つめ合うことになり、焦れたココがふいっと顔を反らして呟く。その頬が、僅かに赤い。

「だ、だから、どうしてわたしの足が痛いだろうなんて聞くのよ? わたしは、べつに――」
「でも、少し痛いだろ?」
「ィ!!」

 足裏をぐっと圧された瞬間息が詰まった。反射的に足を引くと、申し訳半分、からかい半分の卓と目が合う。

「悪い。でも力なんか入れてないんだぜ。ほんとに」
「でも凄く痛かったわ!」
「痛いってことはそこが悪いってこと。ほら、かしてみな。揉んでやる」
「え?」

 ちょうだいをするように自然に差し出された手と卓とを、ココは交互に見た。言われた言葉の意味を、即座に理解することが出来ない。

「ほら」
「え? えぇぇ!?」

 躊躇しているココの足を、半ば強引に卓は膝の上に置いた。ついでとばかりに左足も揃えて並べて靴下を剥く。左右の足を見比べてから、卓は右足裏を――拇指球から土踏まずにかけて――丹念に指圧して行く。痛くならないよう、力加減に注意しながら。

(あ、キモチイイ…)

 素足を、卓に触られているのに、だんだん気にならなくなっていた。ただ、卓の日に焼けた大きな手が、ココの白い小さな足を包んでいる。痛くないように、くすぐったくないように、細心の注意を払ってくれていることがわかる。

 温かい。
 ゆったりと体中を血が巡る感覚に、ココがうとうととし始めた頃。

「昨日、歩かせすぎたな。ごめん」

 顔を上げぬまま、卓はそう謝った。

「おまえ、サンダルはいてたもんな」
「サンダルじゃなくてミュールよ」

 訂正すると、卓はくすりと笑った。

(あ…。今の、好きな表情)

 機嫌がよくて、リラックスしている時。ふっと空気が抜けたように緩む優しい笑顔。

「どっちでもいいけど」
「よくないわ!」

 実のところ、ココにもサンダルとミュール。どこがどうちがうのか解らないのだが、なんとなく、響きというか、イメージが違う。サンダルは、庭に突っかけてあるようで、所帯臭い。

「この際いいの! おまえはさ」

 足の甲を揉んでいた卓の手が、内踝から膝下まで上がってくる。この位置は、流石にココも嫌な汗をかいた。
 しかしココの予想に反して、卓の手は膝下の筋肉を解し始める。そうしながら、卓はサンダル等が足に与える影響についての蘊蓄を述べ始めた。

「おまえは筋肉付いてないじゃん。だから、歩いた時の衝撃がそのまんま関節に伝わるんだよ。関節が痛いから変な風に歩くようになって、別の筋肉に負荷をかける。で、年食うと色々痛い所が出て来るわけ」

 最初と終わりの方に、聞き捨てならない発言があったように思う。が、ココはあえて黙っておいた。卓の話が続きそうだったのと、彼に悪意がないことを知っているからだ。

「昨日連れ回したのオレだけどさ、疲れたら、その…ちゃんと、言え、よ?」
「うん。ごめん。そうする」

 目許を赤くして、照れ隠しにそっぽを向いて話す。そんな卓の優しさに、ココは我知らず微笑んでいた。

「ほら、左足も」

 ぶっきらぼうな態度にも慣れた。これは優しさの裏返し。卓の不器用な意思表示。

「…来週、晴れたらさ」
「ん?」
「靴、買いにいこう」
「靴?」
「そう。おまえの。ウォーキングシューズ。足に負担かからない奴。買いに行こうぜ」

 相変わらずこちらを見ないまま、突き放すように話す。相手が照れれば照れるほど、こちらに余裕が出るのは何故だろう。

「可愛いのがいいわ」

 デートにはいていってもいいような。お洒落な靴。

「ま、あれば――な」

 すぐには見つからないに違いない。
 出掛ける口実は、これで当分困らないだろう。

「一緒に選んでくれるんでしょ?」

 曖昧に頷こうとした卓は、雨上がりの雲の隙間から差し込んだ光に目を眇る。
 日差しから逃れるように視線を移して――本当に無意識にそちらを見た――卓は慌てて俯いてしまった。
 我が儘でうるさいだけのお姫様は、いつの間にか艶とかいうものを身につけていたらしい。それを彼女が習得した理由になどは思い至らぬまま、卓は今更ながらに己が立場を思い出した。

(オ、オレ、何にやってんだ? 何に触ってた? どこ触ってた? うわーーー!!!)

 今まで平気だった白い肌が目に痛い。心臓がどくどく耳元で鳴ってる。背中に汗をかいてきた。

 ――ヤバイ!

「あとは、風呂入った時にでもマッサージするといいぞ! じゃ!」

 ココの顔を見る事なく、卓は逃げるようにリビングを後にした。

 一人残されたココは、卓の背中を追い、くすりと肩をすくめ、笑った。




【蛇足】
あっ、いれ忘れた(笑)
卓がココの異変に気付いたのは、ココの立てる足音がいつもと違っていたためです。
いつも一緒にいて、尚且つそのひとのことを気にかけてなきゃ気付かないよ〜?
゜+.゜ 愛 ゜+.゜ですね!


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