◆ときめきトゥナイト

□ときめきお題
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04. 眩しすぎるのは太陽じゃなくての後日談

06. 鼓動は思うより正直で


 女の子の買い物が長いのは知っていたけれど、これほどの忍耐を必要とするものだとは思わなかった。
 スニーカーを買いに出てきたはずなのに、ココは少しでも興味を引かれるものを見つけるとすぐにふらふらとそっちへ行ってしまうのだ。
 駅から5分ほども歩けば到着するはずの目的地にたどり着くまで、やれあのスカートがかわいいの、あれは何だと引っ張りまわされ、すでに1時間が経過しようとしている。

 そして、いざ目的の靴屋に到着しても…

「あ、ねぇ! これなんかどう?」

 指し示された現物に、卓は苦笑しながらわずかに首を振った。
 ココは少しがっかりした様子を見せて、しかしすぐに「じゃあ、あれは?」と別の靴を指差す。

「かわいいんじゃね?」

 ぱっと表情を輝かせるココ。それがかわいくて、つい自由を許してしまう。そのせいで、買い物は難航しているのだが…
 なんといっても、一瞬たりとてじっとしていないのだから。
 二人きりの外出が嬉しくて仕方がないのだろう。色素の薄いふわふわの髪の印象もあいまって、散歩に興奮するゴールデンレトリバーを思わせた。高貴で豪奢な外見をしているのに、遊び好きで甘えん坊な性格は、彼女に似ていると思う。もちろん、犬と比較したなど口が裂けても言えないけれど。

 物思いに耽っているうちにふらりと側を離れようとしたココの腕を、卓ははっしと捕まえた。

「あ、んっ。なによ」

 急に腕を引き戻されて、つんのめったココがむっとした顔でにらんでくる。
 つかんだ二の腕の細さと肌のすべらかさに内心どきどきしながら、そんなことはおくびにも出さずに卓は手を離した。かわりに、左手を差し出す。

「今日は何を買いにきたんだっけ?」

 先日、卓自身がココにいったのだ。出歩くのに不向きなサンダルしか持っていないココに、歩きやすいスニーカーを選んでやると。

「え? く、靴でしょ」

 差し出された手と卓の目とを交互に見ながら、ギクシャクとココが答える。目の前に差し出された大きな手の意味が、ココにはわからなかった。
 ココの答えに、卓は鷹揚に頷きながらも、勿体ぶった教師の様にそれだけじゃないんだなと首を振る。

「歩きやすい、な」

 言ってココに周りをよく見てみろと顎をしゃくる。
 確かに靴売り場には違いないが、婦人用の、それも踵が高いのや爪先の細い靴――卓はこれらを総称してサンダルと呼ぶ――が並んでいるばかりだ。

「かわいいのに」

 残念だとつぶやくココに、改めて卓は左手を主張する。

「ん」

 誰に似たのか相変わらず言葉足らずで礼儀知らずの、年下の従弟をにらみつける。もう何ヶ月もたっているのに、未だに見上げるこの角度が気に入らない。

「なによ」

 睨み上げながら、ぱしりと出された手をはたいてみるが、逆にその手はとられてしまう。

「ななな」

 何をするのかと文句を言いたいのに言葉にならない。驚愕して見ていると、卓はにっと口角を上げて笑った。

「お前、すぐどっかいくからな。迷子防止」

 子ども扱いする台詞は、楽しくて仕方ないという風に笑みを含んで。つかんだ手をくるりと反してココの体の向きさえ変えさせた。

「子ども扱いしてぇ!」

 むくれてそっぽを向いたのは、頬の赤さを気付かれたくなかったから。
 つないだ手を通して、卓が喉の奥で笑っているのが伝わってきた。

 いつだったか、卓と愛良が仲良く手をつないで歩いているのを見て、嫉妬したものだ。
「子供みたいに馬鹿みたい!」と気にしない振りをしたが、その実たんに羨ましかったのだと思う。こうして手をつないでみて、あの時の気持ちがよくわかる。

 卓に手を引かれるままに店内を出て、それから、何件か靴屋を見て回ったけれど、二人が納得するものは見つからなかった。
 そもそもが「歩く」ということを目的に作られていないものをはいているココの歩みは次第に遅れがちになり、足元を気にするようになった。
 自分でもそれとは気付いていなかったしぐさに、先に気付いたのは卓の方だった。気遣われることをあまり快く思わない、このプライドの高いお姫様に気付かれないように紳士っぷりを発揮するのは、なかなかに難しい。

「何かくわねぇ? オレ腹減った」
「そうね。いいわよ。どこにする?」

 先日までなら、迷わずマックといっていたところだが、自分のバイト先の、それも級友がシフト入りしているであろう時間帯にわざわざ彼女連れで行こうとは思わない。
 卓は頭の中でこの近辺の飲食店をふるいにかけて、余り歩かず、財布にやさしい店を選び出す。ファーストフードより割高になってしまうのは仕方がないが、知り合いにからかわれるよりはましだ。

「次からはお弁当持ってきましょうか」

 卓の財布事情を知ってか知らずか、不意にココがつぶやいた。言った本人も、よく考えての発言ではなかったらしい。驚いて見つめる卓の視線に、逆に驚いてうろたえだした。

「次から?」
「え? ええ。そうね。卓がお願いするなら」

 赤い顔を必死で背けて、けれど上からの視線殻は逃れようがなく、空いた左手で髪をいじったりしてみる。一秒がとても長く感じるのに、卓は何も言ってこなくて、ただ視線だけは感じていた。

(もう! なんとかいいなさいよ!)

 どくどくどく
 耳の中で心臓が鳴ってる。
 八つ当たり気味につないだ手を振り解こうとしたら、一瞬早くしっかりと手をまるごと捕まえられた。

「ちょ…っ」

 文句を言おうと上げた視線は、無垢な笑顔に縫い付けられた。

「おかず、ハンバーグな。おにぎりの具はおかかがいい」

 買い物は、多分今日だけじゃ終わらない。当然のように、次も一緒に出かけるといってくれるココが嬉しくて。無意識のうちに、自分を意識してくれる、そんなココが愛しくてたまらない。
 どうしようもなく顔が緩んで、思わず抱きしめたい衝動に駆られる。バクバク言ってる心音が、隣のココに聞こえてしまいそうだ。それらをごまかすように、卓は延々と好物を並べ立てる。

「相変わらず味覚がお子様よね」
「いいじゃねぇか。好きなんだから」

 くすりと笑うココに、今度は卓が口を尖らせる。

「いいわ。作ってあげる」

 その笑顔をなんと表現すればいいだろう?
 楽しげで、それでいてすべてを許す包容力。この笑顔を見ると、胸のおくがきゅっと甘く疼くのだ。

「食えるもん作ってくれよな」

 口ではそんな憎まれ口をたたきながら、卓はそんな疼きに耐えていた。





【あとがき】
一回仕上げて、UPしたつもりで削除していました。
買い物いって、卓がココを気遣って、っていう流れは同じなんですけど。
書き直したらまったく違うものになりましたね。
俊より素直な卓と、蘭世より己の欲望に忠実なココが私は結構好きです。
俊蘭より書きやすいかも〜♪

2009.8.21
 


 
 
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