◆キリ番の作品
□ときめきのキリリク
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明暗 蘭世争奪戦
6.講和、或は無条件降伏
――――――――――俊
江藤の班と合流して、これまでの富樫の苦労を思うと頭が下がる。
おれらが居てさえ、野郎どもの不躾な視線が江藤を追いかけてくるのがわかった。
流石に声をかけてくる奴はいないが、側を離れたらどうなることやら…
「溜息つくと、幸せが逃げちゃうんだってよ」
前を向いたままの富樫がいつの間にか隣にいた。
「なんだそれ…」
富樫梢ともあろうもんが、そんな迷信信じてんのかよ?
からかおうと半笑いになったおれに、得意のあの笑みで富樫が笑う。指つきつけんのやめてくんねーかな…
「あんたの奥さんの受け売りだけどね」
奥…っ
してやったりな顔しやがって。くそー
「で、その江藤は?」
「認めたわね」
受け流すのも駄目、否定しても突っ込まれるんだろ? ああ畜生! おれにどうしろって言うんだよ?
「まぁいいわ」
ほっ
……
うわ、なんかスゲー敗北感。
「蘭世ちゃんは悦子とレンとお花摘みに行きました」
「花…?」
「ち」
ち、ってお前舌打ちすんなよ。
「トイレだよ。ト イ レ! 言わすなよ。レディーにさぁ!」
「誰がレディー痛」
だからお前の一撃は女だてらに痛いんだっつーの。しかも狙いが的確。
「富樫、お前なんかやってたろ?」
この痛さは尋常じゃねーぞ。
「言ってなかったっけ? あたし黒帯持ってんだ。中学の時全国大会出たし」
また、あっけらかんと…。
こいつの攻撃は今後、もらわないことにしよう。
「んで、その奥さんだけどさ。無防備すぎ」
あー……
それはおれも思う。
ナンパされてたことにすら気付いてないだろ。あいつ。そういうのに免疫ないんだよ。
「大事にしてるんだねぇ」
うー…それは…まぁ…
「あたしは知ってたけど。多分悦子達も気付いてるけど」
ぐりん、と。こっちがのけ反るくらいの勢いで、富樫は今日初めておれを見た。
「蘭世ちゃん自身がそれに気付いてないってどーゆーわけよ?」
いつものおれなら、うるせえな、とか、関係ねぇだろ、で済ませていただろう。
そう出来なかったのは、富樫の真面目な目を見たせいだ。
言葉に詰まったおれを、富樫は瞬きもせずに見上げてくる。睨み付けてくる訳でもないのに、強い視線から逃げることが出来ない。
おれは多分、意味のない声を上げていたと思う。
言葉を探すうちに何分経ったのだろう。不意に視線が緩んで、おれは不甲斐なくもほっと息を吐いてしまった。
本日二度目か?
情けねぇ。
「この旅行中に蘭世ちゃんにきちんと言うこと」
「はぁ!?」
「『はぁ?』じゃなくて『はい』。返事はそれしか認めない」
「なんだよそれ」
お前はどこかの軍隊か。思わず笑ってしまったおれは、次の瞬間その笑みを飲み込んだ。
「じゃなきゃあたしは、あんたを認めない」
とん、と胸を叩かれた衝撃よりも、初めて向けられた敵意に、呆然と富樫を見た。真っすぐにおれを見ていた目は、すぐに見る価値もないようなつまらないものをみたと言いたげに逸れる。それから、飼い主を見つけた仔犬のように、目をキラキラさせて駆け出した。
「お待たせー」
「らっんぜちゃーん♪ おっかえりー!」
おれの存在を無視して、江藤に飛び付きほお擦りする富樫を、いつものように引きはがすことが、出来なかった。
――――――――――蘭世
ふぅ。
観光地って人が沢山。
朝から色んな人に話し掛けられちゃった。
道がわからない人や、一緒に見て回りませんか?って言うの。
わたしだって初めて来た場所だもん。道を聞かれても教えてあげられないし、修学旅行だから、校外の人と行動したらいけないもの。ごめんなさいって言ったら、すごく残念そうな顔してたな。悪いことしたわ。
みんな初めての場所は不安よね。誰かと一緒にいきたいって気持ちは凄くよくわかる。
だから、二日目のお昼から真壁くんの班と一緒になって凄く安心してるの。
あ、梢ちゃん達と一緒だと不安だとか、頼りないって言ってるわけじゃないのよ?
みんなで決めて、調べたた場所に、実際こうしてやって来れることが出来て、とってもとっても満足してる。わくわくどきどき興奮してるよ!
でもね、何て言うのかな。やっぱり真壁くんはトクベツなの。
綺麗な物や美味しいもの、真壁くんとも同じ思いを共有したい。
これから先、真壁くんとはずっと一緒にいるんだから、修学旅行は友達との思い出を大切にしようと決めた筈なのにね。
真壁くんたちと行動するようになったら、ぱたりと声をかけてくる人はいなくなった。やっぱり、わたしが無意識に不安そうにしてたんだわ。「るいはともをよぶ」っていうもんね。
わたしが不安そうにしとたから、あんなに声をかけられたのよ。
その証拠に、今はほら、こんなに安心。
見上げると、見つめ返してくれる瞳が好き。
穏やかに、わたしにしか判らないんじゃないかってくらい、ほんの微かに優しくなる瞳が。
わたしも、なんでもないと少しだけ首を振るわ。
たったそれだけの些細なやり取りが、とーってもうれしいの。
沈黙が、……、優しい、っていうのかな。柔らかな毛布に包まれているような、そんな感じ。
「蘭世ちゃん」
「な、なぁに?」
ちょっと浸りすぎ。名前を呼ばれただけなのに、すごくびっくりしちゃった。
「大聖堂の拝観手続きしてくるから、ここで待ってて!」
「うん。分かった。お願いね!」
元気にだーっと走っていく梢ちゃん。そのあとを渡部君が追い掛けていく。なかなかお似合いだと思うのよ、あの二人。梢ちゃんは気付いてないみたいだけど。
「なに笑ってんだ」
「え? 笑ってなんかないよ?」
「笑ってだぞ」
そうかなぁ?
「ま、いいけどな」
覗き込んだら、顔を反らされた。むむ。
「それよりおまえ、っっ」
「わっ」
どアップ。
急に振り替えるんだもん。びっくりしちゃった。真壁くんも驚いてた。ふふ、ごめん。
「ったく…」
「なに?」
「教会だとよ。大丈夫なのか?」
にやにや、からかう時の顔で真壁くんは言う。
だからわたしは、胸を反らしてこう言ったわ。
「だーいじょうぶよ。教会も十字架も怖くないもん。じゃなきゃ教会で結婚式を揚げられな…」
あ…
チラ、と見上げた真壁くんの顔も真っ赤になってる。
え、えーと。あー…
コホン
ん?
ぽんぽん、といつものように頭を撫でられて、真っ赤な顔した真壁くんがぼさりと呟いたのと、教会の入口で梢ちゃんがわたしを呼ぶのが重なった。
「今行く!」
逃げるように真壁くんは駆け出してしまったけど、わたし、ちゃんと聞こえたからね?
おれも、十字架、大丈夫だから
それって、それってつまり……
きゃーーー!!
「蘭世ちゃーん! はやくー」
真っ赤になった頬を押さえるわたしは、直ぐに答えることが出来なかった。
―――――――――――梢
好きな子に告白も出来ないようなふにゃチ○野郎を、我がライバルと認めるわけにはいかんのよ。
富樫梢の矜持に賭けて! 断っっじて認めるわけには!!
てー、あたしが力んだってしょーがないんだよね。
あたしの彼女じゃないし。所詮あたしは部外者さ。第三者さ。
でもね、大好きな大事な友達が悲しむ姿をよ? 黙ってみてるなんて出来ないでしょお!?
「で、真壁さんに発破かけてきたんか」
「うん。あいつ見てると苛々しない?」
「や、オレは、単に富樫が怖い者知らずなんだと思うけど」
くすりと笑う渡部をジロリと睨んでおく。効かないのは知ってるけど。
あたしたちは、学割団体チケット買うために列んでいる。
渡部槙とは家が近所で、実はよく話す。順番を待ちながら、先程の真壁とのやり取りを愚痴っていたのだ。
「やけに真壁さんに絡むから、好きなのかと思った」
「はああ?」
人を不快にさせといて、ニコニコしてんじゃないわよ。
「富樫が自覚する前に言っとく。オレは、富樫好きだから」
「は?」
「好きだから。富樫の事」
いつもと変わらぬにこにこ顔で、今なんつった?
「ほら、順番だぞ」
「うえぇ、あ、おう」
告白するならちったぁ顔色変えなさいよ。
……え
コクハク…?
好き、て言われた?
やばい。ちょっと嬉しい。
やっぱさ、蘭世ちゃん。
女は告らせなきゃダメだよ。
よしっ、真壁、へたれならへたれなりに男を見せろ!
人数分のチケットにぎりしめて、皆の所に駆け戻る。
教会の石段の上から、蘭世ちゃんと真壁が見えた。
お?
真壁が何か言ってる。
蘭世ちゃん真っ赤だ。
コクった?
コクったのか?
「コクったかな?」
「どうかな。なんせ真壁はヘタレだから」
耳元で渡部が笑う。つられてあたしも笑った。
階段下の蘭世ちゃんたちもなんだか楽しそうだ。
神の門前でいちゃつきやがって。真壁のくせに!
ち、なんかムカつく。
「おーい! 蘭世ちゃーん!」
思い切り声を張り上げて、手を振る。
「邪魔してどうすんだ…」
やれやれと渡部が笑う。
「くっつけたいのか、邪魔したいのか、どっちだよ?」
「わかんない!!」
本格的に笑われた。
だって本当にわかんないんだもん。正確にはどっちもかな。
ただ言えるのは、蘭世ちゃんの笑顔を守りたい。
これだけは、揺るがないあたしの想い。
終
→明暗7
【あとがき】
大変ながらくお待たせしました。ローゼルシア史上最長となりました。こんなに長くなるとは思わなかった!
結局俊と梢の戦いはどっちが勝ったの?(笑)
互いに「あいつにゃ勝てねぇ」とか思ってます。そもそも土俵が違いますから勝負にならないってことにお二人には気付いていただきたい!(笑)
梢が俊に惚れちゃいそうなので、槙くん登場。イメージは「とらドラ」の北村君です(知らないね?)
2009.2.12 管理人:ぽりん