雷の錬金術師

□第30話
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結局あれから、キンブリーはブリッグズの麓の病院に収容された。
病院で、仕事で仕方なくとは言えキンブリーについて一晩を過ごしたウルク。キンブリーを嫌いな訳ではないが、好んで一緒にいたいと思う相手ではない。
特に会話もないまま、時間だけが過ぎていく。
その時、病室にノックの音が響いた。

「誰だ…?」
「出てください、ライ」

ウルクは渋々扉に向かった。
ガラリと扉を開ければ、目の前には褐色の肌に眼鏡の軍服の男性だ。

「ゾルフ・J・キンブリーの病室は此処であっているか?」
「ああ。あんたは?」
「ブリッグズ支部のマイルズ少佐だ…君は?」
「ライ、雷の錬金術師だ。ちょっと仕事でな。あれについてきた」

あれ、とキンブリーを視線で指すウルク。マイルズは軽くウルクに会釈をする。ウルクも軽く返した。
マイルズを連れ病室に入る。キンブリーが横たわるベッドの横にマイルズの椅子を用意し、ウルクは少し離れて壁際によりかかった。
だがすぐにキンブリーに呼ばれ、スカーに関する資料を用意したり細々と動く事になった。
マイルズに資料を渡し、かったるそうに息を吐いて端に戻る。
マイルズは資料に一通り目を通し、キンブリーに視線を移した。

「切り離された貨車の周りからスカーも中年男の死体も出なかった…という事は付近に潜伏している可能性ありか」
「ええ」
「鼻で確認したけど、雪で消されて行き先は分かんない。けど多分遠くは無い筈だ…ああ俺、犬並の嗅覚あるんだ」

一瞬ウルクの言葉に首を傾げたマイルズ。それを見て慌ててウルクは言葉を付け足した。
マイルズは、もう一度資料を眺め、そして席を立つ。

「了解した。スカーの件は我々ブリッグズに任せて君は養生していろ」
「待ちなさい。私の仕事だと言っているでしょう」

だがキンブリーはマイルズを引き止めた。

「貴方方は引っ込んでいて下さい。ブリッグズ兵はでしゃばらず大人しく砦を守っていればいい。イシュヴァール人は私の獲物です」

重傷でベッドに横になった状態でありながら、キンブリーはいつもの調子でそう言い放った。
マイルズは、一瞬黙って眼鏡に手をかけた。

「…残念ながら殺人鬼をのさばらせておくほどブリッグズの兵は微温くない。ここの掟は弱肉強食」

マイルズは眼鏡を外した。

「油断すれば殺られる。わかるか?あ?」

眼鏡の下、マイルズの目はイシュヴァールの民のそれと同じ。紅い色をしていた。

「そのザマで何ができる紅蓮の。なめた口きいてるとこの命綱ぶっこ抜くぞ」

マイルズは点滴のチューブを指した。
一瞬本気で、抜いてやればいいとかウルクは思っていた。

「貴様の面倒はブリッグズ支部が見る事になっている。大人しくしていろよ」

マイルズは眼鏡をかけ直すと、早々と病室を後にした。カツカツと廊下に響く足音が段々小さくなっていく。

「ふっふ…」

その足音が完全に消えるまで扉を見つめ、そしてキンブリーは笑みをこぼした。

「イシュヴァール人はやはり面白い」

楽しそうにキンブリーはそう呟いた。
ウルクは、心底どうでもいいとでもいうように肩をすくめ窓の外を眺めた。
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