雷の錬金術師

□第29話
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ひゅう、と冷たい風が荒れた土地の砂を巻き上げる。寂れた駅で、ウルクとエンヴィーは汽車を待っていた。
血をこぼしたように異様なまでに紅い夕焼けを見つめ微動だにしないウルクの背を、エンヴィーは心配そうに見ていた。風で揺れる金の髪の間からたまに見える顔は、ずっと同じ形のままだ。

クローヴの地で全てを知り、倒れたウルクが目を覚ましたのは、倒れてから丸一日あけてのことだった。
意識を取り戻したウルクは、何も言わず黙って、その地を後にしようと研究所を出た。慌ててついていったエンヴィーだったが、ウルクはまるでエンヴィーの存在を忘れたように彼を気にかけようとはしない。本来車を使う道を、また一日かけて歩き通し、ウルクは駅に辿りついた。
一度も振り返らず、クローヴから逃げるようにそこに背を向けたウルクは、驚く程冷静だった。
無人に近い駅の電話は使えたのでそれで中央に連絡をとって。幸い、次の汽車まで数日なんてことはないようだ。後、数時間。気長に待つ事に決めて、エンヴィーは壊れかけの備え付けの椅子に腰を下ろした。

そして数時間。エンヴィーはウルクに声をかけることが出来ないでいたのだ。
高かった筈の日はとうに落ちかけている。相変わらずウルクはどこか遠くを見つめて立ち尽していた。
だが、久しぶりにウルクの表情が動くのを見た。沈む陽を見て、ゆっくり目を閉じ、ふうと長く息を吐く。開かれた銀の目には紅い夕焼けが映り込み紅く輝き、その紅の奥に獣の瞳孔が覗いている。
ウルクは、言葉は発しないで口だけを動かしたのだ。
『ごめん』と。

「…ねえ」

ついにしびれをきらしたのか、エンヴィーはウルクに声をかけた。
ウルクは声のした方に振り返る。そして一瞬ぽかんとして、すぐにエンヴィーの存在を確かめるように彼をじっくり眺めていた。
数秒の観察が終わり、軽くエンヴィーを睨んだウルクは、今まで通り、つまりクローヴに来る前に戻ったような錯覚を覚える。
昔のように、冷静で、わりと自己中で、皮肉屋で、少しだけ寂しがり。そんなウルク、だと思った。
が、エンヴィーは何か拭えない違和感を覚えた。うまく言えないけど、ウルクが何か今までとは決定的に違うものになってしまった気がするのだ。

「ウルク」

エンヴィーはいつものように愛しい彼女の名を呼んだ、筈だった。
それを言い終わるか言い終わらないかくらいの所で、顔の横に風を感じたのだ。ひゅっと空を斬る音。一瞬遅れてパラリと落ちた髪。そして、首から僅か数ミリの所に突き立てられた銀の刃。
それがウルクの機械鎧を錬成した刃である事に気付き、顔をあげれば、目の前には目を血走らせてエンヴィーを睨むウルクがいた。
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