雷の錬金術師

□第19話
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ロイが仕事から解放され、ようやく家に戻って来たのはあれから2日後の事だった。
アームストロングは無事に東に発たせたし、ロスは死んだ事に出来た。とりあえず一安心だ。

「…何をしている」

ふうと息を吐きながら家の扉を開いたロイを迎えたのはウルクだった。
キッとロイを睨み、玄関先に立っているウルクは何も言わずに腕を組む。ロイは苦笑いをするばかりだ。

「寒いからいれて欲しいんだが」
「…」
「ずっと待っていてくれたのかい?」

ウルクは緩く首を振って、一歩足を引く。そして黙ってロイの手を引いてリビングに向かった。
不思議そうな顔をするロイを椅子にどかっと座らせ、その向かい側に自身も座り。ウルクはバンと机を叩いた。

「全部、話すんだろ」
「ああ」

ロイが軽く頷いたのを見て、ウルクは足を組み直す。
そしてロイは、口を開いた。

「結論から言うと、マリア・ロス少尉は生きている」
「知ってる。だから、なんでかを教えろ」
「…どうにも怪しいと思ったんだよ。軍にとって不名誉な筈の同僚殺しを新聞なんかで大きく扱って」

ロイは、ロスに関する記事が載る新聞をいくつか机に並べた。
南にいたから詳しくは分からないが、少なくともウルクも違和感を覚えるくらいの記事は書かれていた。

「そこにバリーから『ロスを逃がしてやる』と連絡があったんだ。シン国と繋がりが出来たからそこに逃がす、と」
「(リン達の事か…)」
「要約すると、それを無事にやりきったという事かな」
「待て、じゃああの焼死体は?」

確かにウルクの目の前で、ロイはロスを燃やした筈だ。ウルクの鼻が感じた、生物が焼ける匂いは間違いではなかった。

「ああ、あれか?あれは人体に似せた人形を焼いただけだ」
「でも完全な人体は作れない筈だ、よく鑑死通ったな」
「焼死体を作るのは得意だ。それに、あの時の鑑死医はイシュヴァールでの戦友だったんだ…わかってくれるだろうと思った」
「…危ない橋だな。どこでミスってもおかしくないぜ」
「だが成功した」

ロイは立ち上がり、手に持っていたコートを壁にかける。ウルクはそれを目で追いながら更に何か言おうと口を開きかけたが、結局ぶすっと机に肘をついた。

「そうだ、ライ。バリーに聞いたが第5研究所に行ったらしいな」
「うん行った」
「あそこが軍上層部と繋がっている可能性が高いらしいが、何かあったか?」
「…賢者の石の錬成はしてたみたいだけど、それくらい」
「そうか…それと、ラストに、エンヴィーと言ったか。謎の人物が関わっているらしい」

エンヴィー、と聞いてウルクは目を見開いた。
だがすぐにロイに気付かれないように平静を装う。そう言えば、結局彼らが何故あそこにいたのかは知らないままだ。

「…軍の電話交換嬢が聞いたヒューズの最後の言葉が『軍がやばい』だったそうだ」
「軍が、やばい…?」
「その謎の人物と言い、何かが軍で起きているのは確かなようだ」

ロイは椅子に座ったままのウルクの頭を撫でた。
あまりに唐突すぎて、ウルクは一瞬何をされたかのかも曖昧だ。だがすぐに、驚いてロイを見上げた。

「い、いきなりなんだ!」
「…君が心配なんだよ。頼むから、私の前からいなくなるような事はしてくれるな」

ヒューズの件で、傷付いたのはロイも同じなのだ。
ウルクはそれに気が付いたのか、複雑そうに笑った。

「その言葉、あんたに返すよ」
「ウルク…」
「ライだ。らしくない事言ってんなよ」

ウルクは立ち上がって、ロイの前に立った。

「へこんでる大佐なんか…気持悪い」
「容赦無いな君は」
「うっさい!とにかくさ、俺は大丈夫だから。俺の事は気にしないで上を目指せよ」

これでもウルクなりにロイを励まそうとしているのだ。
ロイは、ふっと笑みをこぼした。何がおかしい、とウルクに小突かれたのは気にしないでおこう。

「あ、忘れてた」
「何を?」

ウルクは何故かくるりと後ろを向く。

「…おかえり」

ウルクの口から出た言葉にロイは思わず、え、と間の抜けた声を漏らした。
こういう家族にするような挨拶を拒んでいたウルクが、自らロイの帰りを喜ぶようにそれを口にしたのだ。南部での旅が彼女の心に何か変化をもたらしてくれたのだろうか。

「ただいま」

ロイは、まるで本当の父親のような慈愛に満ちた穏やかな笑みを浮かべていた。
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