club vongole
□club vongole 17
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それから俺は急いで仕事に取り掛かった。
遅刻したから最初は席に着かせてもらえず、氷の補充やら灰皿の交換なら裏方の仕事に。
「チキショー、何で俺がこんな目に…!」
冷たい水に手を濡らしグラスを洗いながら、無意識の内にぼやいてしまう。
こうなった原因は、ベルと逢瀬したことだろうと舌打ちを一つ。
いや、元はといえばベルに目撃されてしまったからだ。
そう、ディーノとの場面を。
ディーノとのことが頭に過り、自然と羞恥を感じてしまう。
雑念を振り払うように頭を振り、皿洗いに没頭しようと新たなグラスを手にした瞬間。
「よっ、隼人。ちゃんとグラス洗って偉いな」
満面すぎる笑顔を浮かべて現れたのはディーノだ。
あんなことをしたというのに、いつもと同じ笑顔を向けてくるのは抜けているのか作為的なものなのかは分からない。
「誰のせいだと思ってんだ」
「遅刻した隼人のせいだろ?」
遅刻したのも元はと言えば、あんなことをしてきたディーノの所為。
そういう意味でぼやいたのだが、ディーノにベルと逢瀬したことが暴かれてしまわないかと冷や汗が垂れる。
そんな俺の焦りに幸い気付くことないディーノは、満面の笑みから一変、意地の悪い笑顔を浮かべては覗き込んできた。
「そろそろテーブルにつきたいと思って来たんだけど、どうすっかな」
「人選によっちゃ断るぜ」
確かに皿洗いするぐらいなら座った方がマシだが、それはついたテーブルによりけりだ。
そのテーブルの指名客がもしもあいつだったらと想像すると、皿洗いの方が全然マシだと思う。
するとディーノは、そんな心配はないと言わんばかりに自信満々に口角を引いて。
「言うと思ったぜ。安心しろ、隼人についてもらうテーブルはツナんとこだ」
「沢田さん?だったら行かせてもらうぜ」
「おう、頑張って来いよ」
沢田さんならば断る理由もないし、第一人選的には万々歳だ。
すぐさま皿洗いを中断し、沢田さんのテーブルに向かおうと踵を返すと。
「ああ、あと恭弥がな…いや何でもねぇ」
「あ?言い掛けてやめんなよ」
不意に腕を掴まれ挙げられた名前。
その名前が名前だけに正直、内容が気になったのだが呼び止めた癖にディーノはその先を言おうとしない。
代わりに苦笑いを浮かべて、手を離すだけだった。
「いや本当、何でもないから気にすんな」
「?」
ツナのヘルプしっかりな、と告げるディーノの様子からしてその先は介入して欲しくなさそうだ。
気にはなるが、それ以上介入するのはどうも気が引ける。
きっと挙げられた名前が、あいつだからなのだろうけれど。
だから俺は気にしていない素振りを決め込んで、その場を後にした。
雲雀がどうかしたのかと気にしながら。
場内に戻るとキッチンとは裏腹に、星空に囲まれた妖艶な空気が漂っていた。
最初の内はこの光景に驚愕したものの、日を重ねるに連れて慣れてきている自分が怖い。
仄暗い場内にも次第に目が慣れ、辺りを見渡しては沢田さんのテーブルを探してみる。
凛と立つキャスト達とは違ってキョロキョロと四方八方する俺が目立つのか、注がれる周囲の眼差しが勘に障った。
こんなことなら先程ディーノに沢田さんのテーブルを聞いておくんだった。
そういえばディーノとあんなことをしたというのに、ずいぶん普通に接しられたものだ。
きっとディーノがいつもと変わらない様子だったからだろうか。
…いや、あいつだって普通だったじゃないか。
あんなことをしたというのに、あいつだっていつもと変わらなかった。
それなのに、どうして俺はあいつの時は普通に接しられなかったのだろう。
そう、暗闇のような漆黒の双眼を持つ雲雀の時は。