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□月の魔力、恋の魔法
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漆黒の空に、煌々と君臨する青白い月。
満ちていく上弦の月の下、俺は夜道を歩いていた。
十代目との勉強会も終わった頃にはどっぷりと夜が更けていて、早く帰ろうと人影の無い街を足早に歩いていると外れの方に見覚えのない館が一件。
普段からこの道を通っている筈なのに、古びた西洋のような造りをしたその館を目の当たりにしたのは初めてのような感覚に陥った。
月夜による魔法のせいなのだろうか、などと戯れ言をぼんやりと思いながら自然とその館に意識が傾いていく。
母国を思い出させるような館、それでいてどこか幻想的な館。
自然と足が向いていく。
一歩、また一歩、と。
釘付けになるようにその建物を見ていると、その館の頂上に佇む一つの影。
恐らく人影なのだけれども、そんなところに昇る人間が居るのだろうか。
不審に思いながらその後ろ姿を見ていると、まるで俺の視線に気付いたかのように、その人物はゆっくりと振り返った。
─ドキン。
不意に視線と視線が出逢うと同時に、なぜか高鳴る鼓動。
その黒い影は月夜に照らされながら鋭い牙を覗かせ不敵に一つ口角を上げると、闇の中へと消えていった。
上弦の月の逆光で、はっきりとは窺えなかった黒い影。
だけど、確かに不敵に微笑んだその瞬間に、普通の人間とは違う何かを感じたんだ。
言葉で言い表せれない何かを。
幻想的で、神秘的な何かを。
「…バンパイア…?」
─これが俺と彼奴の初めての出逢いだった。
一夜明けた翌日になっても、興奮の熱は冷めることは知らない。
それは愛読書である、月刊世界の謎と不思議を読んでいると更に興奮を煽るもの。
タイムリーなことに、今回の特集はバンパイアだ。
紙面に描かれているバンパイアを目に留めながら、再び鼓動は高鳴る。
紙面に描かれているようなファンタジーな服も着ていなかったし、人間と変わりない風貌だったけれど。
幻想的な雰囲気を醸しながら、覗かれた鋭利に研ぎ澄まされた歯。
あれは間違いなくバンパイアだ。
興奮してしまうのも無理はないだろう。
何て言ったってバンパイアは、俺の遭遇したい世界の未確認生命体の中でNo.5以内に君臨するものなのだから。
てっきりバンパイアは西洋の怪物だと思っていたものだから、まさか日本で目に掛かれるなんて思ってもいなかった。
だけど、俺は確かにバンパイアを見た。
その上、微笑んでくれたのだから興奮の熱を冷ませという方が無理がある。
自然とドキドキと高鳴る鼓動をひしひしと感じつつ、今日は朝からこうして月刊世界の謎と不思議とにらめっこをしていた。
昨夜のバンパイアを思い浮かべながら。
それにしてもあのバンパイア、どこかで見たような気が…。
ふと過った疑問に首を傾げていると、十代目が現れ続いて山本が「なに読んでんだ?」と覗き込んできた。
「バンパイア?へぇ、獄寺って吸血鬼にも興味あったのか」
「うるせぇな、テメェには関係ねぇだろ」
「そういえば、最近変な噂あるよね」
俺と山本のやり取りを苦笑いで見守っていた十代目から投げ掛けられた言葉により、ピクリと意識は傾く。
そう、最近うるさい程に広まっている一つの噂がある。
学校内で騒がれている噂は何でも「吸血鬼を見た」という噂。
その噂を度々耳にしていたからこそ、尚さら信憑性は高いのだ。
「はは、面白れぇな。実際いたら楽しそうなのに」
「まぁ日本に吸血鬼がいるって言われても何かピンと来ないよね」
「いや、バンパイアはいます」
事態を軽視している十代目と山本に、はっきりとした口調で言い切った。
吸血鬼は実際に居るんだ。
だって、俺は確かにこの目で見たのだから。
「そうだな、吸血鬼はいるよな。獄寺のそういうところイイと思うぜ?」
「テメェ、バカにしてんだろ!!」
「そういうわけじゃねぇって。ただ純粋な気持ちを持つってすげぇいいことだなって思ってさ」
「や、山本…それ以上は。獄寺君も落ち着いて」
こいつ絶対信じてねぇ…!
山本の口振りは、全く以て信じていないような口振り。
宥める十代目も、それは同じように見えた。
「…証拠があんなら信じるんだな?」
そう告げると瞬間キョトンと目を丸くさせる山本は、やがて口角を引き肯定の意を示している。
一方十代目は頬をひきつらせ良からぬ方向に事態が進んでしまったと、冷や汗を一つ流しているようだ。
「本当にいるって俺が証明してやる!」
机を勢いよく立ち上がり、強く握り締める拳。
山本にはどう思われたっていい。
だけど、十代目には俺の言葉を信じてもらいたい。
─こうして、吸血鬼は実在するという証拠探しが始まった。
そう、啖呵は切ったものの…。
「また会えっかな…」
昨夜会ったのは偶然にしか過ぎなく、啖呵を切ってしまったもののもう一度会えるかなんて正直分からない。
どうしたものかと俯き気味で廊下を歩き、曲がり門に差し掛かった瞬間。
前を見ていなかったせいか不意に誰かとぶつかり、尻餅をつく羽目に。
「ちゃんと前見て歩きなよ」
「…よりによってテメェかよ。その言葉そのまんま返すぜ」
降り掛かってきた聞き覚えの声に促され顔を上げるとそこには雲雀が立っていて、俺は不機嫌を露としたまま一つ舌打ちをついた。
すると、ぶつかった拍子に落ちたのか月刊世界の謎と不思議が開かれていて。
俺が手を伸ばすよりも早く、雲雀はその本を手にした。
紙面を見るなりになぜか口角を引き、そして俺へと不敵な笑みを送る雲雀。
「ッ、返せ!」
恐らく馬鹿にしているであろうその笑みに腹が立ち、勢いよく本を奪い返した。
「ねぇ、昨夜どこにいた?」
「あ?何でテメェにンなこと教えなきゃいけねぇんだ」
「いいから答えろ」
どうしていきなり、こんなことを聞くのだろうか。
投下された質問に眉はひそまりざるを得ないが、どこか真剣なその面持ちに促されるように口を開いた。
「夜まで十代目のとこにいた。…それが何だって言うんだよ」
「…そう。特に意味はないよ」
そう告げると雲雀はそのまま俺を通り抜け、その場を後にしてしまった。
疑問符を打ちながら、ふと手にしている本に視線を落としてみる。
なぜ、いきなり雲雀はあんなことを聞いてきたのだろうか。
昨夜、俺のことでも見たのだろうか。
雲雀はバンパイアの紙面を見て、何も言わなかった。
馬鹿にするわけでもなく、否定するわけでも、肯定するわけでもなく。
ただ不敵な笑みを浮かべただけ。
どこか意味深な笑みを。
その不敵な笑みは、なぜか彼奴を思い出させるもの。
月夜に照らされ、鋭利な牙を覗かせながら不敵に笑った彼奴を。
─そう、昨夜見たバンパイアを。