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□汚れなき夜蝶
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君のことを知ったのはいつからだろう。
きらびやかなスーツとさまざまなアクセサリーを身に纏う君を。
輝く君を煌めくネオンに劣らない銀色の髪と翡翠の双眼を持つ君を。

気付いた時には君を目で追っていた。
自分とは正反対の人種だから自然と意識を傾けていたのかもしれない。
他人に興味など湧かない性質の僕の瞳に、いつの間にか君の姿があった。


そんなある日、いつものように帰路を歩いていると耳に飛び込んできた喧騒。

只でさえ仕事で疲れている身体に飛び込む雑音は不快としか言い様がない。
どうせどこかの馬鹿か酔っ払いが喧嘩でもしたのだろうと第三者立場で視線を送ると、そこには見覚えのある姿が在った。
そう、銀髪と翡翠の双眼を持つ彼が。

同じようなスーツを身を包んでいる男二人と腕を掴み合い争っている様子だが、二人相手に敵うわけがない。
それでも臆することなく、殴り合いでも始まるのではないかという程の勢いを醸す彼。

意表を突いた人物との遭遇と風貌に目を丸くさせてしまう。
彼のことは何も知らないけれど、勢いよく喧嘩するような類いには見えなかったから。
いつも無表情で煙草を嗜好しながら徘徊する姿は、服装や装飾品とは裏腹に知性的で綺麗でどこか上品に見えたから。
そんなことを思っていると自然と足は喧騒の中へと向かっていく。

こんなの自分らしくないと充分に分かっているけれど、身体は勝手に動き気付いた時には男二人に制裁を下していた。

「…な、っ」

男二人が地面に倒れ込んだ数秒後、言葉を失いつつも譫言のように彼は呟く。
翡翠の双眼を丸くさせながら。

制裁を下したお陰で皺の入ってしまったスーツを直しながら、驚愕を覚える双眼と視線を絡めた。
喧騒のせいか口元から鮮血を滲ませる彼を。
吸い込まれるように手を伸ばし鮮血を拭うとピクリと彼の肩は動き、自然と洩れる言葉。


「僕が慰めてあげようか?」



それからの流れは至って不自然だった。
いや、本能に従ったのだから自然なのかもしれない。

彼の美貌と纏うオーラに当てられ、本能のままに重ね合う身体。
繁華街だったため至る箇所にラブホテルはあり空室の部屋を探すことは容易い。
軋むベッドの中、平然と身体を許した彼に疑問を覚えたけれどそれは直ぐに理解へと至る。
誘うような仄かな香水の中に、微かに香ったカクテルの匂い。
ああ、酔いに任せて身体を許したのだなということに。

だけど、それでも良かった。
身体を紡いだことによって一つの答えが導き出されたのだから。
今まで他人と身体を繋いだことはあっても僕としては一つの事柄にしか過ぎなかった。
ただ欲に任せて精を放つという一連の流れでしか。
だからこんなにも身体を繋いで煽られたことも況してやや高鳴る鼓動を感じたことなど今まで一度たりともない。

導き出された答え、僕が君を目で追っていた理由。

─それが、恋だということに。


情事が終わると同時に存分に肺に染み込ませた後、紫煙を吐き出す彼。
余り面識のない煙草の匂いと香水の匂いが鼻孔を擽る。

「煙たいんだけど」

「知るか」

勢いに任せて情事してしまったことから熱が覚めた途端、気まずさからか彼は何も口にしない。
情事中は僕を煽るように啼き声を上げていたのに。

「ねぇ、次はいつ会える?」

その空気を引き裂くように沈黙を破る。
一夜の戯れなんかにはさせない。
君へのこの感情が分かってしまった以上は。

すると彼は短くなった煙草を灰皿へと押し付けては、顔に掛かる煌めく銀髪を一つ掻き上げて。
現実に戻ったかのように淡々とした様子でスーツに身を包みだした。

「俺ホストだから」

一人に固執しねぇ、と不敵に口角を上げる彼。
思考がついていかない内に一枚の紙切れがひらひらと舞い、シーツへと落下する。

「客でだったら相手してやるぜ?」

そう言い残すとホテル代をテーブルへと置き、そのまま部屋を後にして行ってしまった。
パタンと閉じられる扉の音と谺するように彼の言葉が駆け巡る。


「…ホスト?」

思いもよらなかった言葉に驚愕しか見出せない。
それでも何とか彼の言葉を消化させていった。

彼は皆に愛を振り撒くことが仕事のホスト。
そんな彼が惚れた相手だったらどうするか。

そんなもの考える前に答えは決まっている。


「─僕のものにするまでだね」

独り残された室内で誰に告げるわけではなく洩れる言葉。
上がる口角を感じる中、渡された紙切れを強く握り締めた。

“club vongole 獄寺隼人”と記載されている名刺を。




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