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□情欲症候群
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彼奴の面を見る度に、蘇る悪夢。
その悪夢は俺を蝕み、嫌な動機を起こす。

その度に思い知らされるんだ。
俺は彼奴と“そういうこと”をしてしまったという現実を。

そう、こうして彼奴を見掛ける度に。


休み時間、俺達は次の授業の教室に向かうべく廊下を徘徊していた。
生温い風が窓から吹き込み、夏の暑さから汗を拭っていると前方から近付いてくる黒い影。

嫌な奴に出会ってしまったせいか流れる冷や汗。
その男は俺を視界に収めるなり、不敵に口角を上げ好戦的な眼差しを送ってくる。

「装飾品の数々、制服の乱れ。おまけに未成年の喫煙」
─君は今すぐここで咬み殺す。

「……」

聞き慣れた台詞も好戦的な眼差しも今までだったら苛立ちを煽るものだけど、今の俺にとっては目の当たりにしたくないものだった。
腹立たしいことには他ならないけれど、奴の存在を視界に入れないように無視を決め込んで踵を返した。
悔しい話だが半ば逃げるように。
だけど平然を装って。

十代目は隣でハラハラと表情を青ざめさせ、山本は何食わぬ表情を浮かべる中、覗き込まれるように無理矢理と合致させられた黒い双眼。

「通さないよ」

「なっ、」

漆黒の双眼と出逢いドクンと大きく胸の鼓動が鳴ると同時に、頭部に走る激痛。
その激痛の源は、もちろん雲雀の愛器によるもの。

振り下ろされたトンファーは見事頭部に直撃し痛さから痛みに表情を歪めている俺に対し、平然とした表情を浮かべたままの雲雀はそのまま踵を返した。

「咬み殺しもないな」

そう、嫌味な言葉を吐き捨てて。


「この野郎…」

「獄寺君大丈夫?!」

「こんなもん何ともないっスよ!」

直ぐ様、雲雀に仕返しをしようと重い腰を上げたものの心配して駆け寄って下さる十代目に意識は傾きチャンスを失ってしまう。
まぁ雲雀の面を見れないのだから、仕返しなんて出来ないのだけれど。

そして、この一撃は肉体的な悲痛だけでなく精神的な悲痛にもなることなど、この時は知る由もなかった。

そう、トライデント・モスキートの餌食になってしまったなんて。


雲雀の面を目の当たりにできなくなってしまった起因の発端は、些細なことだった。
トライデント・モスキートの餌食になってしまった雲雀に処方箋を渡しに行ったところ、俺まで巻き添えとなってしまったという何ともとばっちりを受けたものだ。

そのとばっちりのお陰で、何と並盛の秩序と恐れられる雲雀と俺がまさかあんなことを…。
そう、あの時のことが今でも俺の脳裏に鮮明に蘇って、雲雀と接することも面を見れないという情けない現状。

それなのに、こんな俺と裏腹に今までと何も変わらず接してくる雲雀に軽く目眩を覚える。


これじゃ、まるで…。

「俺だけが気にしてるみてぇじゃねぇか…!」

「ど、どうしたの?いきなり大きな声出して」

「い、いえ、何でもありません!さぁ早く教室に戻りましょう!」

なぜか彼奴のことで支配されてしまう頭をブンブンと横に振り、強制的に思考を止めさせては俺は十代目と教室にいそいそと戻っていった。

これ以上、雲雀のことを考えないように。






「これで良いんだな?」

「上出来だよ」

教室へと逃げるように戻っていく彼を横目に、自ずと上がる口端。
隣で保険医が呆れるように溜め息を洩らしているけれど、これから起こる出来事を思い浮かべれば口元が弛まないわけがなかった。

彼はこれから起こる出来事により、恐らくこの前の僕以上に醜態を曝す羽目となるであろう。
なぜなら保険医の協力の元、“情欲症候群”というトライデント・モスキートの餌食になってもらったのだから。

保険医曰く、発症は遅いがその分、留め金を外せば一気に発症する代物だという。

「ったく、あんまり大人を困らせんなよ。あと隼人にあんまり酷いことすんじゃねぇぞ、これでも一応あいつの保護者代わりなんだからよ」

半ば自嘲するようにポツリと言葉を洩らす保険医。
小さくなっていく彼の背中に視線を送りながら、更に口角は上がっていく。

「安心しなよ」

酷いようにしないさ。
─ただ…。

「同じ目に遭わせてあげるだけだから」

そう、彼は僕と同じ目に遭えばいいんだ。
君も僕と同じように、醜態を曝け出せばいい。
恥も外聞も捨ててしまう程に。

さぁ準備は整い賽は投げられた。

ただ僕は楽しみに待つとしよう。


─君が直に訪れるであろう、あの場所で。




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