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□お見合い
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「お相手のお嬢さんは、まだお若いのに早くに御両親を亡くされて弟さんと2人になってしまったそうでね。苦労したでしょうに、とても明るくてしっかりしてる方だそうよ」
「はぁ、そうですか」
似たような境遇の人っているもんなんだなぁ。なんて思いながら、お見合いの世話人である上司の奥様の話を聞いていた。
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『俺を助けると思って、うちの奥さんの道楽に付き合ってくれないか』
そう頼まれたのは先日の事。三十路目前にして未だ独身という俺にお見合いの世話をするのが趣味という上司の奥様の白羽の矢がたったのだ。
自分には好きな人が居るからと断ろうとしたが『奥さんがお見合いに夢中だと俺が遊び放題なんだよ。これは命令だ!』と押し切られてしまった。
今回のお見合いは仕事のひとつだと割り切ることにしたから相手の写真や釣り書なんて見る気もなく……実際忙しくて貰ったことも忘れてたんだけど。
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「お待たせしてごめんなさいね」
「いいえとんでもない。局長さんなんですからお忙しくて当然ですわ」
案内された料亭の一室で世話人の二人が挨拶を交わす。俺も遅れたことを一言詫びようと足を踏み入れた…………その先にはお妙さんが座っていた。
「じゃあ後は若いお二人にお任せして」
お決まりの言葉を口にしてこちらを見る。
「私達はここでお茶を頂いてますから、あなた達はお庭でも歩いてらっしゃい」
腰のあがらない俺に痺れを切らしたのか追い立てられるように部屋から出されてしまった。
庭に降りても黙ったままお妙さんの数歩後ろを歩く。
お見合いの為だろう、普段と違う装いのお妙さんはいつも以上に綺麗だった。
お見合い中も前に座っているお妙さんに目を奪われて何を話したかなんて覚えていない。それと気になって仕方ないことが頭の中をぐるぐるまわる。
(なんでお妙さんがお見合いなんてするんだろう。俺が相手だって知ってたんだろうか)
お妙さんの後ろ姿を見ながら何を話すでもなく歩いていると不意にお妙さんの体が崩れ、慌てて後ろから抱きとめた。
「大丈夫ですか?」
声を掛けると驚いたように体が離れる。
「あ、ありがとうございます。新しい草履が履き慣れなくて」
「足、痛いんですか?じゃあ……あそこに座りませんか?」
目に入った座れる場所を示し先に腰掛けて隣に座るよう促してみる。お妙さんは嫌がるでもなく近づいてきて少し間を開けて隣に腰掛けた。本当に足が痛かったのだろう草履を脱いでその上に足袋を履いた足をのせて小さくため息をつくのがなんとも可愛らしくて口元が緩む。
しばらく二人庭を眺めていた。考えてみたらお店以外で並んで座るなんてことは初めてだった。
「今日は近くにいても嫌がらないんですね」
ぽつりと漏らすとじろりと睨まれたがやはり立ち去るでもなく手が出るわけでもない。
「…………から」
「はい?」
「お見合いを終えないとドンペリ入れてもらえませんから」
「??」
お妙さんの言ったことがわからずきょとんとしていると少し苛ついた声が返ってくる。
「常連さんから頼まれたんです。『うちのかみさんが30男とお見合いしそうな独身の女の子を知らないかって言うんだよ』って『もしお妙ちゃんがお見合いしてくれたらお礼にドンペリ入れるから』って」
どこかで聞いたような話に思わず噴き出したらお妙さんの膝の上の握り拳が震えているのが目に入った、機嫌を損ねたらしいと慌てて弁解する。
「俺もそうなんです。上司に頼まれたんです」
「え?」
「そうでなければお見合いなんてしません。」
「……。」
「最初から断るつもりだったから相手が誰かも興味がなくて。まさかお妙さんとは思わなかったから驚きました。………今日のお妙さんは一段と綺麗です」
「当たり前です」
そう言いながらも少し頬を染めて笑った。嬉しそうに見えるのは俺の願望だろうか。聞いてみたかったけどいつものように怒らせてしまったら………と思うと、今この時間が無くなるのが勿体ない気がして。
それからまた二人庭を眺めていた。
「あ、もうそろそろ戻らないといけないんじゃないかしら。」
「そうですね。足は大丈夫ですか?」
「ええ、なんとか」
「じゃあ中に入るまで俺の腕につかまってください。少しは楽でしょうから」
少し考えていたが差し出した腕にそっと腕を絡めてきた。内心ドキドキしながらもお妙さんの足に負担をかけないようにゆっくりと来た道を戻る。
腕にかかる重みと歩く度に揺れるお妙さんの髪から匂う甘い香りに心地よさを感じながら、さっきから考えていたことを口にする。
「お妙さん。このお話は俺の方から断りますね」
一瞬俺の腕をつかむお妙さんの手に力が入ったような気がするが隣に居るお妙さんを見ても下を向いていて頭しか見えない。
「結婚してから愛を育むのも素敵だけど俺はやっぱり好き合って結婚したいです。お妙さんも頼まれたから仕方なく……で断るつもりだったんしょう?」
「そう……です」
「俺………お妙さんしか居ないと思ってますから。お妙さんが俺のこと好きになるよう頑張りますから!」
俺を見上げたお妙さんと一瞬目が合って、笑ってみせるとすぐに目をそらされた。
「ゴリラのくせに……!!」
「えぇっっ!!」
俺の腕から手を離すと数歩前に進む。
「私、知ってましたから」
「はい?」
「今日のお見合い相手誰なのか……知ってましたから」
「え?それってどういう意味で「自分で考えてください」
そう言い残してスタスタと先に歩いて行ってしまった。
足痛かったんじゃあ……とか、お妙さん何を言ってるんだろう……とか悩んでいるうちに気づけば屯所に帰り着いていた。
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お見合いを断る上手い口実が思いつかなくて『実は年上が好きなんです』と口走ってしまい。後日超熟女とのお見合いをセッティングされそうになってしまうんだけど、それはまた別の話。
おわり
2009.6.5