□土砂降りの雨の中で
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仕事に行く頃から降り始めた雨は、帰る頃には土砂降りになっていた。


降り続く雨に捌けるのが間に合わないようで地面には雨水の膜が張っていて、どんなに気をつけても足袋はおろか着物の裾を濡らさずに歩くことは無理そうだった。
タクシーで帰るのは勿体ないし、でも泥水に汚れた着物の始末を考えると足を踏み出す決心が付かずため息をつく。


少しの間止みそうもない雨を見ていたが端からタクシーに使うお金なんて持ち合わせていないのだし、考えていても仕方がないと諦めて傘を開いた。


「間に合った!お妙さん待ってください」

「どうしたんですか?近藤さん。もうとっくに閉店しましたけど」

「いえ、雨がひどいから迎えに来ました」

「はい?」

『迎えに来た』と言うものの辺りに車があるわけでもなく傘をさした近藤の足元は袴が膝近くまで濡れている。

「歩くのなら別に迎えに来てもらわなくても……どうせならタクシーの一台も呼んででください」

「あー、そうしたいのは山々なんですが、なにせ給料日前で……」

そういえばつい先日店に来たときに『給料日が近いなら残さず使ってあげる』と、しこたま飲ませたのを思い出した。

「さぁどうぞ」

お妙の目の前で背中を向けた近藤がしゃがみこむ。

「何の真似ですか」

「こんなひどい雨の中お妙さんを歩かせるなんてとんでもない!でもタクシーなんて呼べませんから、おんぶするんです」

「なっ、に言ってるんですかっ!」

「お姫様だっこだと………ほら、お妙さん傘に入りきれないでしょ?」

身振りを交えて真面目な顔で的外れな答えを返してくる。

「さぁ急いでください」

「だから!なんでおんぶされなきゃいけないんですか!!」

「あぁ!途中の道が水路が溢れて浸水してるんですよ。そんなところ危なくてお妙さんを歩かせるわけにはいきませんから」

そういって再び背を向けて急かすようにに振り返るが、動こうとしないお妙を見て苦笑いする。

「こんなひどい雨なら誰が誰におんぶされてるかなんて気にする人はいないですよ。傘で隠れるし……早く帰らないと新八君もきっと心配してます」


「……わかりました」

そういうとおずおずと近藤の首に腕を回す。背中にかかる重さが嬉しくて近藤はお妙に気づかれないよう笑うと後ろに手を回してゆっくり立ち上がった。




傘を叩く雨の音が大きくてうるさいはずなのに、お妙は自分の心臓の音が大きくて耳に入らない。
広い背中はあったかくて心地よい、でも密着した体越しに自分の心臓の音が近藤に聞こえてしまうのではないかと不安になる。

自分は嫌々おんぶされているのであって緊張しているなんて思われては困るのよ……お妙は治まることのないドキドキが恥ずかしくて顔を赤くしていた。



家が近づいてきた頃少し落ち着いてきたお妙が『父上の背中に似てる……』とひとりごちた。
お妙にとって男性に対する最上級のほめ言葉なのだが、土砂降りの雨の中ではその声は小さすぎて近藤の耳には届かなかった。





おわり



2009.7.3

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