□鬼は鬼のままで
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銀さんが僕のもとに通うようになって、しばらくして、郭の女将さんから言われたこと………



【鬼は鬼のままで】



「だから!いくら太夫だからって、他の客と同じ調子でいたら、何されるかわかんないよ。」
「………へ?」
「ちょっと。聞いてた?あの白髪頭の話してんの。」
「あぁ!でも、女将さんあれは白髪じゃなくて、銀ぱ…」
「そんなことどっちでもいいわよ。私はね、あんたの身体の心配してるのよ!」
「攘夷志士なんて言っても、戦してる奴らよ。人殺しだってするし、チンピラよりたちが悪いやつだって…」
よく動くなぁ。なんて思いながら、紅で赤い唇をぼんやりと見ていた。

「しかもあの白髪頭。白夜叉なんて呼ばれてて、戦の後は殺した人の返り血で髪も着物も真っ赤に染まるって。鬼みたいだって!」
……鬼?……その言葉が頭の隅に引っかかる。

「そんな奴に、あんな口聞いてたら、怒らせて、命とられちゃうわよ!ねぇほんとに聞いてるのかい?」

心配してくれてるのは分かったけど、なんだか胸がムカムカした。……何故だろう。


ぐるぐると考えているうちに、呆れたのか女将さんは出て行ってしまった。


第一印象は最悪。会えば喧嘩ばかりだけど。
人の顔をみては、ぶさいくだと笑う。その笑顔に鬼という印象はない。
寧ろ人間臭いと思う程。


「あ、今日あたりくる頃かな……」
不意に頭によぎり、なんだか落ち着かなくなった。

「今日はぶさいくなんて、言わせないんだから…」

気合いを入れて支度部屋に向かう。


原因不明のムカムカは消えないけど、気のせいだと思うことにした。





銀さんは、定期的にやってくる。最初こそ『ここで一番の女』ということで、僕が相手したのだけど、その後はしっかり指名してくれている。
決して安くない花代を喧嘩の時間に費やすのは、どうかとも思うのだが、その後の時間を迎えるための儀式のようになってしまっている。


ひとしきり喧嘩した後の、びっくりするくらい静かな時間は嫌いじゃない。


『眼鏡…はずしてくんね?色々やりにくいんだけど。』と、目も合わせずに言われると、(今更何照れてんの!?)と突っ込みたくなるが、意外に奥手(僕がほんとに初めてだったらしい)なのを知ってるので、素直に聞いてあげている。


最初とはいえ、僕にリードされたのが、悔しかったらしく、その後、何度体を重ねても、イカされまいと我慢してるのを見るのは、なんだか可愛い。果ててしまった後の呆けた姿は愛おしくすらある。
そもそも、この間まで童貞君が、商売女に勝とうと思うことが間違ってるんだけど。それも言わないことにする。




皆、知らないから、鬼なんて言うんだ。全然違うのに……





「眼鏡太夫。あんたは気位の高さが売りなんだから、ニヤニヤしない!」

女将さんに怒られて、自分が笑っていたのに気づく、そういえばムカムカしてたのも消えたみたいだ。


皆に誤解されたままは悔しいけど、あんな可愛い、愛しいものを、人目にさらすのは惜しいとも思う。

もうしばらくは、独り占めしたいから、鬼は鬼のままで。





おわり



2008.6.14

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