グランドフォース 〜三人の勇者〜
□〜第十五章〜
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〜第十五章〜「気まぐれな刺客」
『参ったな』
レキは崩壊したダンデリオンの街を駆け抜けながら、呼吸の合間に短く呟いた。
先程モンスター達に見つかってからというもの、追従するモンスターを撒こうと全速力で走り続けていたが、その数は撒くどころかどんどん増えていくようだった。
街の行く先々には常にモンスターが徘徊しており、侵入者騒ぎに気づいた彼等が次から次へとレキを追う集団の中へと合流してしまい、今や最初に侵入が見破られた時よりも、よっぽど多くのモンスターにレキは追われる羽目になっていた。
『……これ、全部撒くのはちょっと大変そうだな』
レキはちらりと後方を振り返る。
そこにはざっと20匹程のモンスターの群れと、さらに上空にはドラゴンが、迷わずまっすぐにレキを追ってきていた。
逃げ切るのはすでにもう無理なのかもしれない。
ここは危険を覚悟で戦うべきか。この数ならフォースを解放すればまだなんとかなるだろう。ただ、ドラゴンだけはかなり厄介な相手だが……。
そんなことを考えながら、レキはとりあえず走り続ける。
もうかなりの距離を走ったはずで大分息も上がってきていた。
戦うのなら、そろそろ決断をするべきだ。
『しょうがない、……やるか!』
レキは決心すると同時に剣を抜き、それを構えつつ素早くクルリと後ろを振り返る。
……が、今まさに戦いを受けてたとうとしたレキは、その後方の光景におや?と妙な様子を感じとった。
先程まで全力でレキを追って来ていたモンスター達はなぜか急にその足を鈍らせ、レキから少し離れた地点で何か躊躇するように留まっていたのだ。
「……ギ! ココカラ先ハ、管轄外」
「足ノ速イ奴メ……」
モンスター達はある地点を境にそれ以上追って来ようとはしなかった。ドラゴンでさえ、辺りをぐるぐると滑空するだけで襲って来ようとはしない。
彼等はギィギィと相談するように仲間内で言葉を交わすと、こちらの様子を気にしながら、少しずつその場を立ち去っていった。
『……? なんだ? 襲ってこない』
レキはわけがわからず、ポカンとしながら構えていた剣をわずかに降ろす。
完全にモンスター達がばらけるまで一応戦闘体勢をとってはいたが、どうやら今、彼等が襲ってくる事はなさそうだ。
『管轄外って言ったのか? ……どういうことだ?』
レキは辺りを見回してみた。
今まで全力で走っていたためあまり景色に気を配っている余裕はなかったが、そこは崩れかけた建物や街並はすでになく、ただ広大な焼け野原だけが広がっていた。
おそらく街が襲われる前は広い花畑にでもなっていたのか、いっそう焼けた白い灰が辺りに降り注ぎ、焼け焦げた地面は花畑の名残を残し、踏みしめると少し柔らかかった。
さらに、先程までは溢れるばかりのモンスター達が街を徘徊していたというのに、この場所は見渡す限り一匹たりともモンスターの姿はない。
『ここは、ちょうど街の中心辺りかな』
レキは街全体の外観を思い出しながら、目算で今自分のいる場所を推測する。
位置的にも、この広大な花畑跡を見ても、ここが街の中心であることは間違いなさそうだった。
『クローレンは大丈夫かな、上手く逃げてるといいんだけど……』
辺りの様子をさらに窺いつつ、レキは気掛かりの一つを呟く。
お互い二手に別れて街の中心を目指したが、どうやらレキの方が早く着いてしまったようである。
あの数のモンスターに追われ、果たしてクローレンは無事だろうか……。
彼のことだからおそらく上手く逃げているとは思うが、やはり気になったレキはクローレンと合流するため、少し街を引き返すことにした。
『……!』
が、レキは唐突に左胸が大きくドクン!と強く鼓動を打つのを感じ、そのまま足をとめる。
左胸がなんだか熱い。
剣を鞘へと戻し、服の上からそっと右手で胸を押さえてみる。
レキの左胸――グランドフォースの紋章が、何かを訴えかけるかのように熱を帯び、ドクドクと激しく波打っていた。
『なんだ急に……?』
レキは突然の感覚に不意をつかれながらも、しかしこれが胸騒ぎのような類いのものではないと感じていた。
はっきりとはわからないが、紋章が――または紋章を通じた何かが自分を呼んでいる――そんなふうに感じとった。
『ここを動くなってことかな……?』
レキはもう一度、広大な花畑跡を見渡した。
一見この焼け野原地帯は、降り積もる白い灰以外は何もないような景色だが、何故か紋章はレキを呼び、なにか重大な事を訴えかけているかのようだった。
―――……こっちよ。
『!?』
その時突然、声が聞こえた。
頭の中に直接届くような、不思議な声。
―――……こっちに来て、グランドフォ―ス。
声はレキを呼んでいるようだった。
紋章も、その声に反応するかのようにドクドクと鼓動を揺らす。
『なんだ……? そっちに誰かいるの?』
レキは突然聞こえた謎の声に少し戸惑いつつ、しかしその不思議な声の正体に興味を引かれた。
グランドフォースを呼んでいる。
……一体、誰が? 何のために?
レキは少しだけ迷ったが、不思議な力に誘われるようにゆっくりと、声の聞こえる方向――焼け野原の中心へと向かって一歩を踏み出した。
―――……そうよ、グランドフォース。さぁ……はやく、私を見つけて。あなたに、渡したいものがあるの。
『オレに? キミは一体誰なの?』
レキは“声”に問いかけながら、その導く方向へと歩み続ける。
それは不思議な感覚だったが、自然と自分に語りかけてくる謎の声に、レキも応えなければいけないような気がしていた。
レキは声の聞こえる方へさらに歩く。
―――……私が誰か、気になる? ……大丈夫。まもなく会えるから、その時に教えてあげる。
『……キミはこの近くにいるの?』
―――……えぇ、そうよ。あなたのすごく近くにいるわ。もう私の姿が見えてくるはずよ。
『でも、誰もいないけど』
―――……そんなことないわ。よく見て。
『見てるけど、いないよ』
―――……嘘。私にはあなたの姿がよく見えているわよ。
レキは“声”を頼りに辺りを見渡す。しかし、この焼け野原に人影は一つとして見当たらない。
『やっぱりいないよ』
―――……そんなことないわ。……だって私はちょうど今、あなたの目の前にいるんですもの。
『え?』
レキは“声”に言われるまま、もう一度前をよく見た。
しかし、そこにはやはり何もない。
前方には相変わらず、ただ焼け焦げた花畑が広がるだけだった。
―――……ちがうわ。下よ、下。……足元を見て。
『足元?』
レキはそのまま目線を足元に移した。
するとそこにはわずか身の丈30センチほどのはかない一輪の花が、蕾のままゆらゆらと揺れている姿があった。
周りはすべて焼け野原になっているというのに、この花だけは焼けた様子もなく、はかない見かけとはうらはらにしっかりと地面に根をおろし、この荒れた地で強く咲き続けている。
その様子を確認するのと同時に、花の蕾に描かれている紋章が目に入り、レキは一瞬でその花がなんなのかを理解した。
『これが……もしかしてジースさんの言ってたフォースの花? 滅びたダンデリオンで、今もフォースが来るのを待ち続けてるっていう……。さっきからオレに話かけていたキミは、フォースの花だったの?』