グランドフォース 〜三人の勇者〜

□〜第十二章〜
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「“世界を破滅へといざなう者”、闇の根源――無へ帰す存在。我等が主君……デストロード様!」

 ジェイルが呼びかけるとその瞬間、前方に広がる闇がさらに濃くなったような気がした。
 濃い闇はザワザワとそのカタチを変形させながら、やがてヒトガタのようなものに収まると、同時に鋭い威圧感を放ちはじめる。
 その威圧感は、直属の臣下である彼等でさえも若干の恐れと寒気を覚えるほど凄まじいものだった。


 ――何度お呼びしてもこの緊張感だけは、慣れさしあげることはできんな……。

 ふと、心の中で思ったジェイルだったが、彼と同じ事はおそらく隣にいるプレゼナも感じていた事だろう。彼女もいつの間にかその場に跪き、間もなく現れる自らの主君に敬意を示していた。



「……ジェイル、それにプレゼナか……」


 闇の底から響くような低い荘厳な声にジェイルとプレゼナは一層緊張した。
 伝説では“世界を破滅へといざなう者”として名を残し、恐れられている闇の根源“デストロード”がついに姿を現したのだ。

 ジェイルはおずおずとその顔を上げる。何度目にしても、その主君の姿は“世界を破滅へいざなう”とはおよそ想像できないほど、どちらかというと、ただ普通の人間のようでもあった。

 身の丈ほどもある長い漆黒の髪に、紅い瞳、紅い唇。
 端正な顔立ちは周りがハッとするほど美しく、危ういような魅力の溢れる青年。
 しかし、ただの青年とは思えないほどの高圧的な視線と口元には冷たい微笑をたたえており、抑えていても感じる彼の凄まじい混沌の源のような力が、その場にひれ伏すものを、体の先まで恐怖に突き落とすかのようだった。

 そして、闇を好むかのようにさらに漆黒のローブに全身を包んでいる彼がひとつ、人間ではないことを決定づける大きな要因として、彼の額からは天に向かって真っ直ぐに伸びる一本の立派な角が生えていた。



「デストロード様、本日はご報告があって参上致しました」

 主君の威圧感に呑み込まれそうになりながらも、緊張と恐れを押し殺したジェイルが静かに進言する。
 しかしデストロードはその報告を聞く前に、薄い、冷酷にも見える笑みをこぼした。

「……フ、聞こえていた。グランドフォースのことだろう?」

 主君の冷めたような言葉にジェイルはサッと血の気が引くのを感じた。主は自分の失態を許さないかもしれない。
 ある程度の覚悟はしてこの場に臨んだものの、実際に主君を目の前に迎えると、やはり恐ろしいものがあった。
 しかしジェイルはわずかな希望を持ってデストロードにかけあう。


「グランドフォースがまだ生きていたのは、間違いなく私の責任です。……しかしデストロード様! もう一度だけ私にチャンスをくださいませんか? 元々グランドフォースを見つけたのはこの私です、最後まで私に決着をつけさせてください!」

 ジェイルは必死に訴えかけた。
 しかしそれでも、この重大な過ちの許しを請うのは難しいかとも思われたが、主君であるデストロードは意外にもあっさりとした返事をかえす。

「……フム、まぁいいだろう」

「あ、ありがとうございます……!」

 主君の許しを得て、ほっと喜ぶジェイルだったが、デストロードはそれから鋭く「……ただし!」という言葉を付け加えた。

「二度目の失敗は聞かんぞ、ジェイル。まだ完全に復活していない我にとっては、グランドフォースは最大の危険人物なのだ。……もしも次、抹殺に失敗するようなことがあれば、今度こそキサマは破滅の旋律と共に滅びることになると思え」

「もとよりその覚悟です」

 ジェイルが答えるとデストロードは威圧的な微笑を一つこぼし、「わかっているなら良いのだ」と満足そうに呟いた。


「……しかし、それにしてもグランドフォースがまだ生きていたとはな。我が完全に力を取り戻した後であれば、少し遊んでやってもよかったものだが……」

 デストロードは絶対的な自信を持って、少しだけ残念そうに言うと、何もない空虚な空間に向かって片方の手をスッと差し出した。
 彼がさらにその手を高く掲げると、そこにはジワジワと濃い闇が集まりだし、徐々になにやら物質を具現化し始める。

 やがてそれは、美しい銀の光を放つ横笛の形へと収まると、デストロードはそれを口元へと寄せ、優雅に構えた。

「グランドフォースにも我の奏でるこの素晴らしい音色……聴かせたいものだな」

 デストロードは独り言のように呟くと、たった今具現化されたばかりのその笛にそっと息を吹き込み、音楽を奏で始めた。
 闇以外に何もないこの空間、リバースフィールに笛の音色が響き渡る。

 その調べはとても美しく、直接心の中に響くようなうっとりと聞き惚れる音色であったが、しかしその一方でどこか妖しく暗く、支配的な旋律をも奏でていた。



「……破滅の旋律、世界を混沌へといざなう力」


 それまで主君の御前で跪いていたプレゼナは、デストロードの奏でる恐ろしいくらいに美しい旋律を聴き、顔を上げて呟いた。
 破滅と混沌を呼ぶと言われている彼の音色は、まもなくその力を完全に復活させつつある。




 ――……世界を破滅へと導くのは、もう、そう遠い未来ではない。


 キサマにそれを止めることができるかな? グランドフォースよ……。



 デストロードは奏でる音色の余韻をそのままに、最後に一言だけ呟くと、再び自らの姿を闇の中へと還してゆく。
 彼が完全にその姿を闇へと消した後も、しばらくの間リバースフィールには、彼の奏でる旋律がまるでそれ自体意志を持っているかのごとく、響き渡り続けていた。



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