グランドフォース 〜三人の勇者〜

□〜第十二章〜
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〜第十二章〜「世界を破滅へといざなう者」


―――――――……

―――……


 男はどこまでも続くような暗い闇の中を歩いていた。
 辺りには何もない――木も草も、街もヒトも、景色と呼べるようなものは何一つない、ただひたすら“闇”のみが続くこの空間。

 そこは外界とはかけ離れ、普通の人間なら一歩も踏み入れる事ができないような、次元の狭間に位置する混沌の世界だった。
 こんな世界をただ悠然と歩くこの男は、ただのヒトではないのかもしれない。
 ほとんど無表情のまま闇を纏う彼は、一見すると不機嫌なようにも見えたが、その口元には微かな邪悪な笑みが称えられていた。


「あら、珍しいじゃない……あなたがこのリバースフィールに戻るなんて」

 ふと、男は声をかけられ立ち止まった。
 声のしたほうを振り返ると、そこには闇に半分姿を隠したままの若く美しい女が、妖艶な微笑みを浮かべながら立っていた。
 生き物のほとんど存在しないこの空間“リバースフィール”だが、そんな空間をホームとしている数少ない同胞が、久々に帰還した彼に、暇つぶしという名の“ご挨拶”にやって来たようだった。

「おかえりなさい、ジェイル。今回はなかなか長いお出かけだったわね。……何か外界でいいことでもあった?」

 女は長い黒髪をこれまた妖艶にかきあげると、かなり露出度の高い黒いドレスの胸元で軽く腕を組んだ。

「フン、プレゼナか……。相変わらず貴様はここに留まり、外の世界には興味なし、といったところか」

 面倒くさそうに呟いたジェイルに、プレゼナと呼ばれた女はクスリと一笑する。

「えぇ、まぁね。だって外の世界を滅ぼしに行ってもつまらないもの。人間は弱すぎて張り合いがないし、……フォースでも現れたっていうなら少しは興味も湧くってものだけど」

 その“フォース”という言葉に反応したジェイルは、フッと軽く笑った。
 そんな彼の様子を鋭く見逃さなかったプレゼナは「あら……?」と少し期待を帯びた声をあげる。

「もしかして、残りのスカイフォースかルビーフォースのどちらかが見つかったの?」

「……いや」

 即座に返ってきたジェイルの否定の言葉に、プレゼナは一瞬がっかりしたようだったが、彼が次に発言した事はプレゼナにとっては思いもよらない事であった。


「残りのフォースじゃない。……グランドフォースが、実はまだ生きていた」

「……え!?」

 驚いて目を見開いたプレゼナはあまりのことに一瞬言葉を失ったが、それでもすぐにまた余裕の表情を取り戻した。

「グランドフォースは確か二年前に、あなたが始末したんじゃなかったかしら?……もしかして、しくじってたの?」

「………。まぁ、言い方は悪いがそういう事だ」

 ジェイルはプレゼナの言葉に、少しだけ不機嫌になったように見えた。

「……奴は殺したつもりだった。実際死んだところを見てはいなかったが、あの場所から逃げ切れるはずがなかったからな」

 ジェイルはそう呟くとプレゼナから目をそらし、昔の記憶を遡るかのように闇の一点を見つめる。
 考え込むように黙ってしまった彼の代わりに、プレゼナは昔話をはじめた。


「そうそう、たしか当時、たまたまあなたが仕えていた国の王子様がグランドフォースだったのよね。私達の生みの親……イズナルが成功させたモンスター化の研究によって、元々ヒトであった私達は疑われる事なく人間の生活に溶け込む事ができたから、私達は人間達の生活にまぎれてグランドフォースを探していた……」

 プレゼナはジェイルの様子を見ながら、さらに続ける。

「イズナルの作戦は上手くいったと言えたわよね。……だってあなたが“国に仕える人間の兵士”として信用を得ていなかったら、その王子様までたどり着く事はできなかったもの……。王子がグランドフォースだと気づいたあなたは、その国にモンスターの大群を呼び寄せ、あなたの指揮のもと国を滅ぼすのに成功した」

 プレゼナはどこか楽しそうな調子になりつつ言葉を締めくくる。

「……そうしたら、国は滅ぼしたっていうのに肝心なグランドフォースは取り逃がしていたってことになるかしら? ジェイル、あなたにしては随分おマヌケな失態じゃないの」

「……黙れ」

 プレゼナの長い嫌味とは対照的に短いセリフを返したジェイルは、再び彼女のほうへと振り返り、そのまま睨みつける。

「たしかに、爪が甘かった部分はあるかもしれない。……だが、オレ自身それに気づいていたからこそ、グランドフォースの生きている可能性も考え、この二年間各地を旅し、奴を探していたんだ。……そしてフォースの噂を聞きつけた町で――もっとも噂はデマだったが、そこで偶然奴を知る人物に出会った。……まさか本当に生きていたとは驚きだったが」



 二年前のあの日から少し気にはなっていた。

 逃げる場所もなく、間違いなくグランドフォースを追い詰めたと思っていたジェイルだったが、実際にその目で生死を確認していない以上、わずかな引っ掛かりがあった。

 さらにもう一つ不審なことに、あの城で最後まで結界の張られていた武器庫にジェイルが乗り込んだ時、王子に最も忠実だった従者が二人、そこで生き残っていたのも少し気になった。
 彼等は普段から常に王子と行動を共にしていた。
 あの状況下ではますます王子を守ろうと必死になり、間違いなく一緒にいるはずだと踏んでいたのだが、彼等の近くに王子の姿は確認できなかった。
 既になんらかの策を施した後だったのかもしれないが、それがジェイルにとっては非常に気掛かりだったのだ。



「……やはり、ニトとティオの仕業だったか。奴らめ、やってくれるな」
 ボソリと呟いたジェイルに、プレゼナは訝しげな顔をする。

「え、なに?」

「いや……なんでもない、こっちの話だ。……ところでプレゼナ、我等が主君デストロード様はおられるか?」

 ジェイルは話題を変えプレゼナに問いかけるが、その質問を聞くなり彼女はクスリと一笑した。

「フフ、おかしな事聞くわねジェイル。あの方がここを離れるわけないじゃないの。400年前の封印から復活したといってもまだ完全じゃない。……この闇の次元リバースフィールを出る事はできないわ」

「……そうだったな」

 プレゼナのもっともな答えに、ジェイルは自嘲するような笑みを一瞬だけ浮かべると、前方にただ広がる闇の空間に向き直り、その場に跪いた。



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