グランドフォース 〜三人の勇者〜
□〜第十章〜
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「それではレキ様、ここから中へとお入り下さい。そしてこの封印の中でフォースを解放するのです。そうすれば放たれた光をこの封印の中に留めておくことができます」
レキはロイドに促され、見た目にはわかりにくい入り口をくぐると封印の中へと入った。
魔法によって隔離されたその空間は、入ると少しだけ魔法の圧力を感じて息苦しい気がしないでもなかったが、ほとんど気分的なもので、結界の外と変化はほぼなかった。
不思議な膜のようなものを挟んではいるが、外の声もよく聞こえるし、こちらの声もちゃんと届くようだ。
「ではレフェルク、お願いします。フォースを解放して下さい」
スラの合図にレキは頷いた。
『わかった。いくよ』
レキは目を閉じ、息を大きく吐いて神経を集中させた。
そうしてイズナルとの戦いで自分の中に目覚めた新しい力を再び呼び覚ます。
体の中でゆっくりと光が波打つような感覚に身を委ね、さらにレキはその波が速く、強くなるよう神経を集中させた。
するとその感覚は、レキの意志に呼応するかのように次第に激しく加速していく――…。
その感覚が最高潮に達する瞬間、レキの中でまるで炎が燃え上がったかのように体の芯がカッと熱くなり、その炎が今度は力となって体中を縦横無尽に激しく駆け巡りはじめる―――。
“……――応えろ……! フォース!!!”
レキが心の中で念じた瞬間、あの爆発的な光が再び溢れだした。
その光はあっという間に結界の中を満たすと、封印ごと眩しく輝き、地下の研究室をさらに明るく照らし出した。
「何度見ても、やっぱすげぇな……」
光の中心で輝くレキを見ながらクローレンはぽつりと呟いた。
あれからレキがグランドフォースだということははっきり分かったのだが、普段のレキはまるで別人というくらいにいつも無邪気にニコニコしているため、あまりフォースの実感がなかった。
しかしこういう真剣な場や戦闘時に、力を引き出すため普段は滅多にしない鋭い表情を見ると、やっぱりこいつは本物なのだと妙に納得してしまう。
それくらいに普段のレキと比べると、表情も力強くまるで別人で、とりまく力のオーラもかなり強力だった。
「ところでレフェルク、これが最大限ですか?」
クローレンがぼんやりと考え事をしていると、隣でスラが口を挟んだ。
「イズナルとの戦いの時は、光がもっと爆発的に放たれていた気がするのですが……」
そう言われてクローレンもレキをもう一度注意深く観察する。
今だって十分すごいが、たしかに戦いの時のほうが光の絶対量と輝きは圧倒的に上だったように思える。
『……うーん、精一杯やってるんだけど、今はこれが限界みたい』
おかしいなぁ、と言いながらレキも首を捻る。
本人も、目覚めたばかりの自分の力をまだ完全にはコントロールしきれないようだ。
『あの時は、……怒ってて本当に無我夢中だったんだ』
困ったようにそう言ったレキに、スラはおもいっきり真面目な顔で提案をする。
「なるほど。じゃあ怒ってみてください」
『え、……今!? なんでもない時にいきなり怒れないよ!』
レキは突然の無理難題に慌てて反論しながらも、一応スラの注文どおりに怒ろうと試してみる。
……が、やはり上手くいかない。
今は怒るようなことがないためそれは仕方のないことだったが、難しい顔をしながら必死に怒ろうとチャレンジしているレキを見たところで、スラはふっと表情をやわらげた。
「レフェルク、冗談ですよ」
――……†
『なんかスラって、初めて会った時と比べて少し変わったよね?……ちょっとだけ意地悪になったっていうかさ』
フォースの光を魔封印の中に閉じ込め、結界から出てきたレキは、出口を閉じようとしているロイドとスラには聞こえないほどの声でクローレンにこっそりと呟いた。
さきほどスラの家で会話していた時のことを思い出してみてもそうだが、どうもこちらの焦る反応を見て楽しんでいるようなふしがある。
「……んー。でもまぁそれはお前に対してだけだろ」
クローレンはそんなレキの問いに、なんだか事情が分かっているかのような訳知り顔で曖昧な返事をした。
「大人っぽく見せてはいても、結局あいつも子供なんだよ。……まだそういう態度しかとれねーんじゃねぇの?」
クローレンの濁したような言葉に、レキは特に気にせずそうなの?と一応納得したように頷く。
しかしその様子は、クローレンの言いたかった本当の意味をまったく理解していないようだった。
「……ダメだこりゃ。こっちのほうが子供過ぎる」
ぼそりと呟いたクローレンの声はどうやらレキには届かなかったらしい。
ちょうどその時、封印の出口を閉じ終わったスラとロイドがこちらを振り返った。
「これで、いつでも研究をすることができます。ありがとうございました、レフェルク」
『ううん、これくらいなんて事ないよ』
レキは笑顔で答える。
「それではレキ様、スラ、私は早速研究に専念させていただきます」
そう言って、フォースの光をさらに手のひらほどの小さな結界の中に分け取ったロイドは、魔導書を片手に一礼すると、研究室のさらに奥の部屋へと入っていった。
なんともあっさりしており、彼はスラ以上に真面目な性格なのかもしれない。
「……ところでレフェルク、そしてクローレンさん。お二方はいつまでこのジルカールにいられるのですか?」
まだロイドを見送っていたレキとクローレンに、スラが唐突に尋ねた。
これまでは研究のため二人を引き止めていたのだが、その必要がなくなった今、いつ旅立ってしまうのかととても気になったのだった。
『……うーんそうだなぁ、あまりのんびりもしていられないよ。他のフォースの手がかりはまだ全然ないし、導きの書も二冊しか集まってないからね』
レキが考えながら答える。
あれから既にレキは、スラとクローレンの二人に導きの書のことを話していた。
もう自分の正体を知っている二人なため、目的もこれ以上隠す必要はないと判断したレキは、情報を共有することで少しでもなにか手がかりに近付けないかと考えたのだった。
「導きの書……ですか。あと残り五冊あるのですよね?」
スラが難しい顔で考え込む。そんな書物があるのは、レキから聞いた時に初めて知ったようだった。
「おいスラ、お前の能力でなんかわかんねぇか? 元々オレ達はそのためにジルカールに来たんだよ。……もっとも、最初の目的はフォースの手がかりを聞くためだったんだが、グランドフォースはもう見つかったしな〜」
クローレンがレキのほうをちらりと見て、それからさらに続けた。
「まぁでも、導きの書のことでもいいし残りのフォースについてのことでもいいからよ、何かお前の力で知ってることがあったら教えてくれよ」
そのクローレンの言葉にスラはこれ以上ないというくらいに申し訳なさそうな顔をした。
うつむきながらすまなさそうに口を開く。
「それが……他のフォースや導きの書については、今までに全く予知したことがないのです。お役にたてず本当に申し訳ないのですが、自分で意図したことを予知することはできなくて……」
スラの答えにクローレンは少しがっかりしたようだったが、一番がっかりしているのは他でもないスラ本人のようだった。
自分の能力がいかに役に立たないか責めているようである。
しかし、スラを責めるというのは全くのお門違いだ。
『気にしないでスラ、別にキミが悪いわけじゃないんだから。……それに、その能力のおかげでイズナルの野望は止めることができたわけだしさ』
レキは励ますようにスラの肩を軽くぽんと叩いた。
しかしレキがその肩に触れた瞬間、急に何かを感じとったようなスラが瞳を大きく見開いた。
そしてそのすぐ後、まるで激しい頭痛に突如襲われたかのように、頭を抱えながらスラがその場にしゃがみこむ。
「……ウッ……ウ!!」
突如苦しそうに呻きはじめたスラに、レキとクローレンは驚いた。二人は慌ててそばに駆け寄る。
『スラ! どうしたの!?』
「なんだ突然!? 何が起こったんだ?」
訳が分からず焦る二人に、スラはそれでもなんとか荒い息をつきながら苦しそうに答えた。
「心……配いりません……。いつもの予知が、たった今訪れただけです。いつもこんなふうに突発的なんですよ……」
スラは言いながらよろよろと立ち上がった。
ちょうどレキが触れた瞬間だったため、なんだか責任を感じたがどうやらそういうわけではないらしい。
『……大丈夫? 予知っていつもそうなの? 思ったより大変なんだね……』
レキは心配そうにスラを覗き込む。
しかしスラはそんなレキの心配をよそに、今自分が見たばかりの新しい予知の光景を難しい顔で思い返しているようだった。額からうっすらと汗がにじんでいる。
「どうしたんだスラ? 一体どんな予知を見たんだ? オレ達に関係あることかよ」
クローレンがその様子になんだか嫌な予感を覚えながら尋ねる。
あまりいい予知を見たわけではなさそうなことは一目瞭然だった。
「……それが、私にもよくわからない光景だったのですが……」
スラはさらに考えながら答える。予見したものを、どう伝えればいいのかわからないといった感じだ。
『何を見たの?』
レキがさらに聞く。その声にスラがレキのほうに振り向いた。
「……レフェルク、気をつけて下さい」
スラは突如レキに警告を発する。
「なぜだかわかりませんが、闇を纏った邪悪な男があなたを探し回っている光景を見たのです……。どこで漏れたのか、その男はあなたがグランドフォースであることを知っているようでした」
予想外のスラの言葉に、レキの表情が険しくなった。
『オレの正体を知ってる?……その男の特徴は?』
「それが……私には見覚えのない男で、しかも顔は隠れていてはっきりとはわからなかったのですが、まだ若い剣士風の格好をした男のようでした。その男はモンスターを従え、血眼になってあなたを見つけようとしています」
スラの警告にレキはしばらく考え込むように黙ってしまった。
それだけの特徴で男の正体を特定するのは不可能だろうが、その男に少しでも心当たりがあるのかどうかは、レキのその様子を見ただけではわからなかった。
「でもなんでそいつはレキがグランドフォースだって知ってんだ? イズナルはブッ倒したんだから敵側がレキの正体を知るはずねぇのに」
クローレンも腕を組みながら考える。
「おそらく、どこかから漏れたのでしょうか……。このジルカールでも、もう一度みなさんに注意を呼びかけておくほうが良いですね」
スラとクローレンが話すのを横で聞きながらもレキはずっと考え続けていた。
自分の正体を知っているのはスラやクローレンをはじめジルカールの人々だけだ。
モンスターを呼び寄せてしまわないよう普段はフォースの話題を口にしないように言ってはあるが、もしも万が一ここから噂が流れてしまったのならそれはそれで仕方がない。
噂を聞き付けたモンスターが街人を脅し、フォースのことをしゃべらそうとするならば、その時はもう秘密にする必要はないと皆には言ってあるのだ。
なぜなら邪悪な存在に脅された場合、無理に秘密を守るより、さっさとしゃべってしまったほうが、酷いことになる可能性は低い。モンスターは、他の何よりも一番にグランドフォースの命を狙おうとするため、その時点でターゲットはレキへと変わるからだ。
自分のせいでジルカールの人々が危険な目に遭うことだけはなんとしても避けたい……。
そのため、このジルカールからレキの正体がバレてしまう可能性はゼロではないのだが、なぜだかレキは、このジルカールとスラの予知した男は関係ないという思いがしていた。
……それよりも、もっと昔――エレメキアでのことで気にかかっていることがある。
かつて、エレメキア王国で王子がグランドフォースであると知っていたのはごくわずかの人間だった。
それも全てモンスターの襲撃によって命を落としたはずである。
しかし、そもそもなぜ王子がフォースであることがモンスター側に漏れたのであろうか。
それは以前からずっとレキの中で引っ掛かっている事だった。
――あの二年前の夜、それまで王子の正体を知らなかったある一人の男が、その事実を知った途端、エレメキアに悲劇が訪れたのはただの偶然だったのだろうか。
疑いだけで決めつけるわけにはいかないが、レキはずっとその嫌な考えが頭から離れなかった。
『………ジェイル……』
レキは当時エレメキアに仕えていた若き兵士の名をそっと呼んだ。
直接ニトからは王子の正体を知らされず、偶然その事実を知ってしまった只一人の人物……。
もしも彼がエレメキアを破滅へと追い込んだ黒幕であり、なんらかの方法でレキがまだ生きていることを知ったとすれば、スラの予知したとおり、血眼になってレキを探すであろうことは予想がつくが――……。
『……まさかね』
レキはぽつりと呟くと、この考えを再び心の奥へとしまいこんだのだった。