グランドフォース 〜三人の勇者〜

□〜第十章〜
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〜第十章〜「覚悟」


 そこはジルカールの地下一帯に広がっているイズナルの地下迷宮だった。
 イズナルが倒された後、魔法陣を使って自分の家と地下迷宮をつなげたスラは、かつてイズナルが人間をモンスター化させるために使っていた研究施設を、逆にモンスター化された人間を戻すための研究施設として使う事にしたのだった。

 しかし、かつてイズナルが使っていた研究施設と言っても、今はもう手がかりはほとんど何も残っていなかった。
 イズナルはジルカールの街自体を滅ぼすつもりだったため、重要な資料や、店に置いてあったアイテムなど、短時間の内にほとんど片付けてしまっていたようであったが、それでもいくつかの闇の魔導書などは残っていた。

 わずかな手がかりをヒントに、スラは連日この地下で研究を続けていたのだが、人目に全く触れないという点ではこの地下施設は研究に最高に適した場所だったのだ。
 闇の魔術を解明するにはある程度、その魔術自体の研究もしなければならない。そうなれば、あまり人目に触れる場所で研究をするのは、好ましいとは言えないからだ。


「……レフェルクにとっても、人目に触れないほうが好都合でしょう? この研究にはフォースの光が必要不可欠ですからね」

 スラがずんずんと前に進みながら話しかける。ここは未だに、少しでも気を抜くと迷ってしまいそうなほど広い施設だ。

『そうだね、街中でもう一度フォースを解放するわけにはいかないし。……これ以上、この街でフォース騒ぎは起こせないよ』

 レキはスラの後をついていきながら、小さく苦笑いをする。

 そう、この研究にはフォースを解放した際に放たれるあの聖なる光が重要な鍵となっていたのだ。


 “モンスター化された人間は二度と元には戻らない”
 これが、イズナルの作り出した闇の魔術の変えられない事実であるはず、…であった。
 しかし、今回例外が起きた。それがグランドフォースであるレキの放つ、聖なる光の力である。

 絶対に戻るはずがなかったクローレンのモンスター化を止めたのは、本当に奇跡以外のなにものでもない。
 フォースの光に可能性を見出したスラは、それを解明する事によって、イズナルにモンスター化された他の人間も元に戻す事ができると考え、この研究を進める事に決めたのだった。



「ところで、あのフードの男はどうしてんだ?」

 クローレンはキョロキョロとうす暗い地下道を見回しながら、気になっていた事の一つを尋ねる。
 イズナルの手下であった例の男は数日前の戦いの際、のびていたところを捕獲されたのだった。

「……彼はこの先の研究室横の牢獄で、おとなしく捕まってもらっています。彼はまだモンスターのままですからね」

 スラは気の毒そうに答えた。その様子からは、彼のためにも早く研究を進めなければならないという思いが伝わって来る。

「でもレキがフォースを解放させた時、あいつも近くに倒れてたのにな。なんであいつは元に戻らなかったんだ?」

 クローレンがさらに疑問を投げかける。この際、気になることは全部聞いておこうという思いのようである。


「そうですね……、その理由はまだ解明中といったところです。……でもクローレンさんだけが運良く元に戻れたのは、まだモンスターになって時が経っていなかったことや、イズナルがモンスター化の術を本来より早めたためまだ人間の心が残っていた事など、いろいろな理由が起因してのことだと思われます」

 スラがてきぱきと答えた。解明中と言う割にはなかなか鋭い見解を述べる。

「じゃあモンスターになった期間が関係するっていうんなら、奴を戻すのは難しいんじゃねぇのか……?」

 あのフードの男が一体どれくらい前からモンスターの心を植え付けられたのかは誰もわからないが、イズナルは五年以上も前からこの地で闇の研究を続けていたのだから、おそらく既にかなりの長い期間、モンスターになってからの時が経過しているのではないかという事は容易に想像できた。


「難しいことは承知の上です……。ですがフォースの光の持つ力はまだまだ未知のものですから希望がないわけではありません。解明に成功すれば、もしかするとモンスターにされた全ての人を元に戻す事ができるような、新しい魔法が完成するかもしれませんからね」

 スラはそこまで言うと一つの壁の前でピタリと止まった。
 おそらくここに隠し通路があるらしく、スラが壁に手を触れると、その手は簡単に壁の向こう側へとスルリと通過した。

「着きましたよ。ここがそうです」

 そう言い残し、壁の中へと入っていったスラの後に二人も続く。



「おぉ〜、ここはまたでけぇ所だなー」

 クローレンは壁を通り抜けた先にあった部屋の広さに、軽く感動を覚えながら辺りを見回した。
 そこは先ほど通ってきた薄暗い地下道とは対照的に、たくさんのランプの明かりや魔法の光で照らされており、とても明るく綺麗だった。
 おそらく、スラがこの研究施設を使うようになってから、彼女の手によって多少改装されたらしく、壁際には闇の魔術以外にもたくさんの魔導書のつまった本棚がおかれていたり、部屋の隅には少しくつろぐことができる小さなテーブルや肘掛けが配置されている。
 また、テーブルがある反対方向の壁際には頑丈な鉄格子がチラリと見えており、そこはどうやら例のフード男が捕まえられている牢獄のようだった。

 部屋の中心部には、人が一人ゆうに入れるくらいの大きな丸い硝子の球体のようなものがフワフワと浮遊しており、その球体のすぐそばには、少し年老いた神官ふうの男が立っていた。

「おぉ、みなさまお揃いで。スラ、あなたに頼まれていた光の魔封印、完成しましたぞ」

 初老の神官が三人を笑顔で迎えながらそう話しかけてきた。

「あれ? このオッサンはたしか……」

 なかなか威厳のある風な男に向かって、クローレンは気持ちいいくらいにスッパリとオッサン呼ばわりする。

「オッサン、たしかスラの傷を治してくれた人だよな?」

 クローレンが見覚えのある男に、確認するように尋ねた。
 その男はスラに癒しの魔法を施してくれた、あの時の神官である。

「……そうです、が、私はオッサンという名前ではありませんぞ。名をロイドと言います。及ばずながら、この研究に私の知恵も役に立たぬものかと協力させていただくこととなりました。以後お見知りおきを……フォース様、そしてクローレン様」

 ロイドと名乗った神官は、クローレンの失礼な態度に少し不服そうな様子であったが、それでも丁寧な挨拶を返した。さすが、大人の対応といったところである。

『ロイドさん、あの時はありがとう。本当に助かったよ』

 あの時以来に会ったレキも言葉を交わす。スラの命を救ってくれた彼には本当に感謝していたのだ。

「ロイド、で結構ですよフォース様。私などの力がフォース様のお役に立ててなによりです」

 ロイドはこれまた丁寧に受け答えると、にこりと笑顔を見せた。笑うと皺がよりさらに年齢を感じさせたが、その笑顔はとても落ち着いた穏やかな印象を与える。

『わかった、ロイドだね。オレのこともフォースはちょっと不味いからレキって呼んでくれないかな。……ところでロイド、さっき言ってた光の魔封印ってなに?』

 レキはそう聞きながら無意識にロイドのすぐそばにある巨大な透明の球体を見上げた。昨日まではここに、こんなものはなかった。

「はい、光の魔封印とは今まさにレキ様がご覧になられているこの結界のことです。この結界はスラの依頼で、あなた様のために造らせていただいたものです」

『……オレのため?』

 レキは、どういうこと?と言うふうにスラのほうを見た。その視線に気づいたスラが説明するために一歩進み出る。


「この光の魔封印は、光を長期間封印しておくことができる特殊な結界なのですよ」

 スラはその結界にそっと手を触れながら言った。

「この研究にはグランドフォースの光が必要不可欠なわけですが、その光を放つことができるあなたをこの街にずっと引き留めておくわけにはいきません。……レフェルクには、他にもやるべきことがありますし」

 言いながらスラはちらりとレキのほうを見る。
 その視線には少し寂しそうな感情が混じっていたが、そのことにレキが気づく前にスラはまたいつものきりりとした表情に戻る。

「この研究は全く未知の領域のため、モンスター化を癒す魔法が完成するのはまだまだかなり時間がかかることでしょう。……ですからレフェルクがこの街を旅立っても研究が続けられるように、フォースの光をこの結界の中に封印していただきたいのです。この光の魔封印ならば、それが可能ですから」


 スラの言うことはもっともなことだった。
 なにしろ成功するどうかさえも分からない研究である。数日やそこらで解明しきれるものではないだろうから、その間ずっとレキがこの街に留まることは難しい。
 そもそもモンスター化を成功させたイズナルでさえ、その研究には数年の月日を費やしたのだ。
 今回だってそれくらいの時間がかかることを想定しなければならない。


『そっか、ありがとうスラ、ロイド。それでフォースの光をこの中に封印するために、オレは何をしたらいいの?』

 レキが尋ねるとロイドが魔封印に手を触れた。
 すると、透明な球体なため分かりにくいが、そこに人が一人通れるくらいの穴が開き魔封印の中へと入れるようになった。



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