グランドフォース 〜三人の勇者〜

□〜第六章〜
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〜第六章〜「記憶」


 レキは目を覚ました。

 心臓が、早鐘のようにドクドクと鳴っている。
 暗い部屋の中で、それはまるで自分のものとは思えないほどの大きな音で響いているように感じた。

 恐怖が体を支配している。動きたくても、まるで金縛りにでもあっているかのように体を動かすことができない。
 全身には汗をびっしょりとかいており、さらに額からはそのしずくが頬を伝って流れ落ちる。



 どれくらいの時間そうしていたかはわからないが、ほんの少しだけ体の緊張がとれてきたところで、レキはそっと、辺りを見回した。

 暗い部屋の中には、外から差し込む月明かりだけがぼんやりと輝いている。
 まだ時刻は真夜中頃だろう。そのため、月の光以外はひたすらに真っ暗な闇しかない。

 だがそれは何の変哲もない、ただ静かで平穏な夜の光景であった。



 レキはようやくベッドから起き上がることができた。
 まだ激しい動悸は完全にはおさまっていなかったが、夜風にあたりたくなったレキは月の覗く窓を開けた。

 ひんやりとした風が部屋に入ってくる。汗だくになっていたので、その風はとても心地よく、レキの心を少しずつ落ち着かせてくれた。



 ――レキが今いる場所は、リアス大陸にある港町「カルサラーハ」というところの宿の一室だった。

 リアス大陸はウェンデルなどのあるランガ大陸のとなりにあり、カルサラーハはその二つの大陸を結ぶ船が行き来する、なかなか大きな港町である。
 カルサラーハにはリアス大陸の北にあるアルキタ大陸から来る船も停泊しており、この町は近隣の大陸間を結ぶ海路の主要都市だ。

 レキはリオネッセやフォンと別れた後、ウェンデルの北西にある港町から船に乗り、リアス大陸に来ていたのだった――。



『……あの時も、満月だったな』

 夜空に輝く丸い月をぼんやりと見上げながらレキが呟いた。

 さっき見た、あの恐ろしい光景が再びリアルに思い出される。
 きっとこの先一生忘れることはできない、あの光景。未だに何度も何度も夢に見てはうなされてしまう……。


 エレメキアが滅ぼされたあの夜から、すでに二年近くの時が経っていた。



『ティオ……』

 レキはぽつりと、今はいない友の名を呼ぶ。
 あの惨劇の中、レキだけが生き残ってしまった。

 ニトが最後に放った移動魔法は奇跡的に成功し、エレメキアから少し離れた森の中へとレキを運んでいたのだ。
 その森は少し離れたといってもエレメキアまでは歩くと、ゆうに一日はかかる距離である。

 ニトの魔法は完全ではなかったので、どこへ飛ぶかは正直、使った本人でもわからなかったし、落下の衝撃もかなりあった。
 魔法による衝撃で意識を失ったレキが次に気がついた時はもう朝になっており、それから急いでエレメキアへと戻ったが、レキが着いた時にはもう全てが終わっていた。


 ルートリア大陸一の大国・エレメキアは見るかげもなく、城はモンスターによって滅ぼされ、崩れ落ちていたのだ。

 まだ痛々しい戦況の跡がいたるところに残っており、爆発によって起きたであろう火災の煙が燻り、いくつも空へと立ち上っていた。

 そこは見渡す限り全てが血と骸で紅く埋め尽くされたまさに地獄のような光景、かつてそこに城があったことなどまるで想像できない。
 今や、死臭漂う瓦礫の山と焼け野原のなってしまったその場所に、生存者は誰一人としていなかった。

 もちろん、ニトもティオも……。

 瓦礫に埋もれ、武器庫がどこかはわからなくなっていたが、あのモンスターの大群とこの大爆発跡の中、生き残っていられるはずがなかった。

 それはこの惨状を一目見るだけでも、十分すぎるほど絶望的で確実なこと。


 あの時エレメキア城にいた者は全滅だったのだ。
 ただ一人、王子であるレキだけを除いて―――。




 物思いにふけっていたレキはふいに、自分の左胸に輝く紋章を見た。
 “世界を破滅へといざなう者”を唯一打ち破ることができる聖なる力の証・グランドフォースの紋章。

 リオネッセとフォンも、この紋章の持ち主を探して旅をしていた。
 が、レキは自分がそのグランドフォースだとは打ち明けなかった。

 リオネッセもフォンも、レキにとっては、すでにかけがえのない仲間だ。
 正直、二人に一緒に旅をしないかと誘われた時は心が揺れてしまった。

 しかし、大切に思っているからこそ、一緒には行けない。

 自分はグランドフォースであり、これからの行く先々でモンスター達に命を狙われるだろう。
 今はグランドフォースが死んだということになっているかもしれないが、この先ずっとそういうわけにもいかない。一緒に行けば必ず、自分のせいでリオネッセ達を危険な目に遭わせてしまうことになる。

 フォースを守護するために旅に出たと言っていたリオネッセ。

 ……守られるのは、もうごめんだ。ティオやニト、エレメキアのみんなの時のような思いはしたくない。

 レキはあえて、リオネッセとフォンには何も言わずに旅立ったのだ。
 そしてフォースを導く全ての本と、自分と同じ使命を持つ残り二人のフォース達を、一人で探し出す決意を固めていた。



『……そういえば』

 レキは今更ながらに、ふと思い出したことがあった。

『リオネッセってセルフォードの王女だよな……。ニトが言ってた、婚約相手も確かセルフォードの王女……』

 ――と、いうことは。
 レキは頭の中でぴたっと線がつながり、そこでようやく小さくクスッと笑顔をみせた。

『まさか、リオネッセのことだったとはね』

 あまりの偶然の出会いにレキはちょっとだけ可笑しくなった。

 ――たしかに評判通りの美しい姫だったけど、中身はちょっとイメージ違ったな。一国の王女が国を飛び出して旅に出るなんて、相当男勝りなお姫様だよ。


 そんなことを考えながら、レキはもう一度月を見上げる。
 さっきまでの恐怖は少しだけ薄れていた。

 少年はその目に再び強い光を宿す。――そしてその左胸にある紋章は、まるで少年の意志に反応するかのように白く淡い光を放って輝いていた。



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