グランドフォース 〜三人の勇者〜
□〜第五章〜
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『ふぅ、疲れたぁ……。バルドってば張り切りすぎるんだもん。ねぇもうティオのところへ行ってもいい?』
レフェルクが剣術の稽古をおえ、汗をぬぐいながらニトに聞いた。
「ダメです王子。これからワシと魔法の練習ですじゃ」
『……やっぱり』
わかってはいたが、レフェルクはがっくりとした。
『ねぇニト。国王になるためにはそんなに強くならないといけないの?』
「……もちろんですぞ。強くなくては、王は国を支えられないのです」
レフェルクの問いに少しドキリとしながらもニトは冷静に答えた。
『じゃあどの国の王子もみんな、こんな訓練を受けてるの?』
「もちろんですぞ」
実際は国によって多少違うであろうが、エレメキアほどの訓練を王子に受けさせるところは他にないだろう。しかしそんなことを正直に話すニトではない。
『ふーん……。そうなんだ』
レフェルクは納得したような、していないような微妙な返事をした。
『セルフォード王国や、ギルディア王国も?』
セルフォードとギルディアはエレメキア王国と同じ、このルートリア大陸にある国で、ここからそんなに離れてはいない。
そのためエレメキア王国とは国交が盛んに行われており、両国とはとても仲がいい。各国は団結しあってモンスターから国を守っていた。
「……もちろんですぞ」
レフェルクがなおも食い下がるので、ニトは再び同じ答えを返した。
『じゃあボク、セルフォード王国やギルディア王国に行ってみたいな』
レフェルクの言葉に、ニトは考える様子もなくすぐさま反対した。
「それはダメです!」
『どうして? ギルディアの王子、エースは一度ここを訪れたことあったじゃないか。ボクも他の国を見てみたいよ』
ギルディア王国のエースという王子は以前、一度エレメキアを訪れたことがあった。
将来国王になるためには近隣の国と交流をもつことも大事だったため、勉強を兼ねて訪問したのである。レフェルクもその時、エース王子と話す機会があり、仲良くなっていた。
『ねぇニトってば! どうしてボクはダメなの?』
レフェルクが再びニトに抗議する。
エレメキアの教育方針と他国を比べて、王子が文句を言い出すくらいのことであれば他国へ行っても別に問題はなかった。
しかし、ニトには王子を他国へ行かせたくない理由が他にあったのだ。
「……レフェルク王子、ギルディアの王子がここを訪れた時に、あなた様の胸にある紋章の話はしていないでしょうな?」
レフェルクの質問には答えずに、逆にニトが質問した。
『どうしたの急に? もちろん言ってないけど……。だってエースに会う前にニトが何度も念を押したじゃないか』
急に質問を返されてレフェルクは少し戸惑いながら答えた。
「なら、良いのです。紋章のことは他人には絶対にしゃべってはなりませんぞ」
ニトの一番の理由はこれであった。
他国へ行き、なんらかの不足の事態が起きて王子がグランドフォースだと知れ渡るのだけは避けたかった。
もちろん、ギルディア王国やセルフォード王国を信用していないわけではない。
しかし、人の噂というものは一度広まってしまうと留めようがない。王子の安全を少しでも考えるのなら、時が来るまで秘密にしておくほうがよいのだ。
実際に、このエレメキア王国でさえ王子がグランドフォースであるということを知る者は数少ない。……というか本人さえも知らないが。
『ニト今日ヘンだよ』
レフェルクは考え込むようにして黙ってしまったニトを不思議そうに覗き込む。
「……そうじゃ王子! 王子が他国へ行くのは無理じゃが、近々セルフォード王国の姫君がエレメキアへやって来るそうですぞ」
ニトはすっかり忘れていたことを、突然思い出して言った。
『セルフォードの王女が? 遊びに来るの?』
レフェルクはニトの言葉にワクワクして聞き返す。セルフォード王国の王女にはまだ会ったことがなかった。
「いえ、遊びに来るといいますか……婚約の儀式のためにいらっしゃいます」
ニトが言葉を選びながら言った。
『こんやく? 誰と婚約するの??』
「……あなた様じゃよ、レフェルク王子」
『…………へ?』
突然のことにレフェルクは目が点になった。ニトがめずらしく冗談を言っている……。そんなふうに思った。
『……ボクまだ12だよ?』
「ですから、今すぐ結婚ではありませぬ。あくまでも婚約だけですじゃ」
ニトの言葉を聞いてレフェルクはポカンとした。
エレメキアとセルフォードはもともと仲がいいが、お互いの王子と王女を結婚させることで、さらに繋がりを強くさせたいと両国とも願っていたのだった。
特にエレメキアは、周りの国と繋がりを深めて国を強くしておきたかった。その全てはグランドフォースである王子を守るためである。
『婚約だってまだ早いよ!』
王子は納得のいかない様子だった。めずらしく、ちょっと怒った顔をしている。
「王子、そう言わずに……。なんでもセルフォードの姫君はとても美しい方らしいですぞ」
『そういう問題じゃないよ!』
レフェルクは頬をぷくっと膨らませてニトを睨んでいた。その表情はまだ、とてもあどけない。
王子のそんな様子を見ていると、確かにまだ早すぎる気がしないでもないニトであった。
それからニトの魔法の授業を受け、ようやくレフェルクが自分の部屋に帰ってきたのは、かなり後のことだった。
レフェルクは部屋に戻るなり、ぐったりとしてそのままベッドに倒れ込む。
『魔法は精神力を使うから疲れるよ……』
ベッドに転がりながらレフェルクは独り言を言った。
レフェルクは魔法より、剣のほうが断然得意であった。魔法も使えないことはないが、魔力を練るのにとても時間がかかるし、何よりかなり疲れる。
これは慣れによって少しずつ上達するらしいが、レフェルクの場合はまだまだであった。
『どうやったらニトみたいに上手くできるのかな』
レフェルクは起き上がり、ニトの授業を思い出しながら再び神経を集中させ始めた。かなり疲れているわりには、熱心である。
ニトが自分にとても期待してくれていることはわかっていたので、なんだかんだ言いながらも努力はしていた。
レフェルクは全神経を集中させ、魔法のイメージを固める。イメージが強ければ強いほど、魔法も強くなるのだ。
しばらくそうして魔力を集中させていると、突然「コンコン」とドアをノックする音が聞こえ、レフェルクはその音によって現実へと引き戻された。
『……ん? どうぞ』
ガチャリとドアを開け、入ってきたのはティオだった。
「おじゃまします、レフェルク王子」
『ティオ!』
突然の訪問者にレフェルクは喜んだ。満面の笑みでティオを迎える。
「剣術と魔法の練習おつかれさまでした。王子」
ティオが改まって話しかける。
そのティオの話し方にレフェルクはびっくりした。
『どうしたのティオ? 今までは二人だけの時に、王子だなんて呼ばなかったのに……。それに敬語だし』
「……今日ニト様に言われました。レフェルク王子ももう12才になられますから、そろそろ友達気分のままではダメだと」
ティオが申し訳なさそうに言う。
今まで、ティオはレフェルクのことをずっと愛称で呼んでいた。身分は違うが二人はとても仲が良かったので、敬称も敬語も全く必要なかったのだ。
『そうなの……? ティオに王子なんて呼ばれたらなんだか寂しいよ……』
レフェルクが本当につらそうな顔をした。
「はい……、ボクもです」
ティオも寂しかった。敬語で話すと急によそよそしくなったように感じる。
なんだか二人の間の距離がぐっと開いてしまったようだ。
『ニトにはボクから後でちゃんと言っておくから、今まで通りに呼んでもらえないかな?』
レフェルクがせつなそうな顔のままで言った。なんだか捨てられそうな子犬みたいな表情だ。こんな表情で頼みごとをされたら断れるわけがない。
「……うーん……。わかったよ、じゃあ今まで通りに呼ぶことにするよ…………レキ」
ティオが観念したように笑いながら、王子を愛称で呼んだ。
『よかった、そのほうがティオらしいよ!』
レフェルク改め、レキは安心したように笑う。
「相変わらず、ニト様はスパルタ教育だね」
ティオが話を戻した。
『まったくだよ。毎日ボクがヘトヘトになるまでやるんだ』
やれやれと言いながらため息をつくレキに、ティオはクスクス笑った。
「あ! そうだレキ! 今日はきれいな満月なんだよ。今から一緒に見に行かない?」
ティオが突然思い出して言った。
『いいね、行こう!』
レキとティオは部屋を出て、庭へと歩いていった。