グランドフォース 〜三人の勇者〜

□〜第十六章〜
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 枯れた井戸の壁を伝い、地上の様子を確認すると、今のところ近くにモンスターの気配はなかった。おそらく進入者であるクローレンを探して、大多数のモンスターは持ち場を離れ、街を錯綜しているようで、今のうちにこの古井戸から抜け出し街の中心部に向かうには絶好の機会だった。

「オレの起こした一騒動も、どうやら無駄じゃなかったようだな。うん、計算通りだ」

「ほんとかしら」

 ルーシィはその発言を本気にしていないような、ちょっと疑り深いような視線を向けたが、その後ですぐにクスッと笑った。その手をクローレンが引き、地上へとルーシィを引き上げる。

「えーと、街の中心はどっちだ」

「もう少し北ね。あっち」

 ルーシィがその方向を指でさし示す。しかし、そう言いながらルーシィはあれ?と少し首をかしげた。

「どうした?」

「え……ううん、なんだかちょっと様子が違うような気がして……。街の中心方向が、なんかやけに明るいし、ほんの少し、お花のいい匂いが香ってくるような気がする……。もう花なんてほとんどないはずなのに、気のせいかしら?」

 確かに彼女の言うとおり、ふんふんと鼻を鳴らしてみると、ほんのりと花の甘い香りが漂っている。ルーシィが示した街の中心方向に目を凝らしてみると、その辺りだけは黒い街並みとは対照的に、ぼんやりと鮮やかな色彩にいろどられているのを微かに確認できなくもない。

「あの辺に花畑でもあるみたいに見えるぞ」

 クローレンの言葉にルーシィは、あり得ないとでも言うように首をぶんぶんと左右に振った。

「そんなはずないわ。……以前街が平和だったときは、あの辺りは大きなお花畑になってたけど、今は見るかげもなくなってるわ……一輪の花を除いて。……急にお花畑が元通りになるなんて考えられないし」

「ま、とにかく行ってみようぜ」

 辺りに最大限の注意を払いながらクローレンは歩き出した。その後をルーシィが置いていかれまいと、とたとたと追いかける。二人は慎重に、しかし迅速に、街の中心部へと向かった。



「……どーなってんだこりゃ。まじで花畑じゃねぇか」

 街の中心部にたどり着いたクローレンは、少し前からもうほとんど気づいていたことを、改めてぼんやりと呟いた。

 遠くから見るだけでは半信半疑だった風景も、徐々に近づくにつれて、どう見ても普通の花畑以外には見えないことにすでに気がついていたのだが、何らかの蜃気楼というか幻という可能性も否定できなくはない。
そのため、実際に足を踏み入れるまでは確証に至らなかったが、ここまで来ると、本当にどう見ても正真正銘、本物の花畑だと思えた。

 ただ、普通の花畑、というのは少し表現が違うかもしれない。
 花畑には色とりどりの花が咲き乱れ、この一帯には降り積もる灰の代わりに虹色の花びらが鮮やかに舞っていた。まさに幻想的に美しい光景で、ここがモンスターに支配された死の街であることも一瞬忘れさせられるほどだった。
実際、この花畑まで来る途中モンスターには全く会わず、まるでこの美しい花々が、悪しき者の存在を遠ざけているようにも感じられる。それくらいに花畑は、どこか神聖で安らぐような雰囲気をかもし出していた。

「なんで……? まるで元のお花畑が戻ってきたみたい。……ううん、それ以上かも。こんなに綺麗な景色、見たことない」

 ルーシィも信じられないような面持ちで言った。彼女はもちろん、焼き尽くされた花畑をその目で直に見ているはずなので、その驚きはクローレン以上だっただろう。

「なんだよ、全然危険な感じなんてねぇじゃねーか。なんかここ、すげー落ち着くぞ」

 クローレンはお気楽な調子になって花畑を眺める。ルーシィが言っていた危険なんて全くないようにみえる。

「変ね……。私が逃げ出したときは、こんなふうじゃなかったんだけど……」

 なんだか納得できない様子でルーシィは辺りを見回す。しかしその時ふいに彼女は、花畑の中央に誰かが横たわっているような小さなかげを見つけ、「あれ」と声を上げた。

「ねぇ、あそこ……誰か倒れてない?」

「ん?」

 そう言われ、ルーシィの指差す方向を何気なく見たクローレンはその瞬間、それまでのお気楽な気分が吹き飛び、サッと血の気が引くのを感じた。

 ルーシィの言うとおり、花畑の中心に一人の少年が倒れていた。
 この距離からでも地面に伏した輝く金髪がはっきりと確認でき、クローレンは一目でそれが誰であるかを悟った。

「おいレキ!!」

 その名前を呼ぶと同時に、我を忘れて走り出す。

もう幻想的な景色を眺めるような余裕はなかった。遠くに見えるレキはぴくりとも動く様子はなく、何ともいえないイヤな予感がクローレンを襲う。

ほとんど花を踏み散らすようにしてそばまで駆け寄ると、すぐさま倒れているレキの体を起こした。

「レキ!? おい、何があったんだ! しっかりしろ!」

 体を大きく揺らして呼びかけてみたが反応はなかった。どうやら全く意識がないようだ。
 一見して外傷もないようだが、意識を失い、倒れているからにはクローレン達がここに来る前に何かがあったとしか考えられない。……イヤな予感がさらに膨れ上がる。

「その子が、クローレンの仲間?」

 すぐに追いついて来たルーシィが、ただならぬ事態に、少年へと心配そうな顔を向けながら問いかける。

「……あぁ。けど、意識がねぇみたいだ。……なんかあったのかもしれない、オレ達がここに来る前に……――おいレキ! どうしたんだよ!」

 やはり、この街の中心部にはルーシィの言うとおり、とんでもなく危険な何かが潜んでいるのかもしれない。
そうでなければこの状況は説明がつかなかった。グランドフォースであるレキが、そう易々とやられたりはしないだろう。

しかし、彼は現に、クローレンの呼びかけには全く反応しないまま横たわっており、それは何か余程のことがここで起こったことを意味する。

一体、何が……?

 悪い想像ばかりが浮かび、いっさい反応を示さないレキに、クローレンはいよいよその生死をはっきりと確かめるのが怖くなった。少しの間呆然としてしまい、最も考えたくない不吉な結論に至ってしまう。

 まさか、死……ん…… ……。

 わずかに体が震えだした。


「ねぇ、その子、……なんか普通に眠ってるだけみたいじゃない?」

「は?」

 ふいに遠慮がちにかけられた言葉にクローレンは間抜けな声で答えた。

「だってほら、スヤスヤ寝息たてて……すっごい気持ち良さそうよ」

 隣で見ていたルーシィにそう言われ、クローレンは「え」と思いつつ、改めてもう一度よくレキを見てみることにした。
 確かに彼女の言う通り、レキの意識がないのは何か攻撃を受けたとかダメージを受けたからというよりも、ただ単に深い眠りについているだけのようにも見える。

 さっきまでは悪い考えばかりが脳裏によぎり、実際よりも悲観的に物事が見えていたのかもしれない。



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