感謝部屋
□恋せよ乙女!
2ページ/2ページ
気持ち悪い、気持ち悪くて涙が止まらない。違う、気持ち悪いのと先生のことで涙が止まらない。私は先生に抱えられたまま保健室のベッドに運ばれて、先生から「横になれ」と言われたけど首を横に振った。寝てしまったらベッドが多分汚れてしまう。それは保健室の先生にあれだし、スカートも汚れてしまうし、下着だって、
「神田先生、後は私が見ておきますから、」
「いえ、残ります。こいつ今朝から具合悪そうにしてたんで、俺が。」
「えぇ、でも…、」
保健室の先生と先生が話している声が聞こえて、私は喋ったらもっと気持ち悪くなるんだけど口を開いた。
「大丈夫です…、先生達、体育館戻っていいです…。」
ぐしぐしと制服から伸ばしているセーターで涙を拭いて私は言った。どうせあの痛みだ。小一時間じっとしてれば、いつの間にか痛みは治まってくるはず。それに今は放っておいて欲しいし、一人で静かに大泣きしたいのだ。一人に、して。
「………………………。」
「………、………………。」
それから保健室の先生と神田先生が一言二言会話しているのが聞こえたけど頭が回らなくて聞こえなかった。ドアの閉まる音が聞こえた。あぁ、よかった、二人とも行ってくれた。よかった、よかった、
「おい、大丈夫か?」
「…………………………、」
なんで…。私は目の前で心配そうにこちらを見る神田先生に目を丸くした。(先生が心配そうにしてる顔、初めて見た。)さっき二人とも私を察して出て行ってくれたんじゃないのか。っていうか先生終業式だよ。さっきの子達の話からしたら先生この学校で最後の終業式だよ、で、出なくていいの、と目で訴えるけど先生はベッドの毛布を広げて私の脚にかけてくれた。
「朝から辛そうにしてたな、気持ち悪いのか?」
私を横にしようとする先生の腕が優しくて、つい、涙が出てくる。やめて、優しくしないで。明日からこの学校にいないくせに。やめてよ、未練残るじゃん。まだあの話に頭がついてこないのに、こんな事されたらもう、私、先生の事で、私は先生の腕をやんわり押し返した。
「せんせい…、」
「…ん?」
やめて、そんな優しい声出さないで、すき、すきなの、先生が好きで好きですきで仕方ないから、そんな声出さないで、
「せんせい…、他の学校行っちゃうって…本当………ですか…?」
すん、とセーターで鼻を押さえた。う、気持ち悪い、血が足らない…。先生がぱちぱちと長い睫毛を上下させた。(ち、近くで見ても形の崩れない顔だな…ちくしょう…)
「……あぁ。」
ずしん、と体が一気に重たくなった。血が足りないのと頭が痛いのでもう私の頭は真っ白だ。視界も一瞬白くなってぎゅ、と目を瞑れば涙が滑り落ちて、ぽたりと音を鳴らして制服を濡らした。
「キツイか?」
「……………、」
うん、と首を縦に振った。多分、先生は体調のことを言ってくれたんだけど、私は先生の言葉に、意味に、首を縦に振った。キツイ。キツイよ先生。私の胸、こんなにも苦しいよ。何これ、あの日って胸まで痛くなるの?どんだけなの?壊れそうだよ、私の体。
気持ち悪くて、頭も痛くて、血も足りなくて、胸まで苦しい…!!
先生…!!先生!
音を立てるほどの大きな涙の粒がまた一つ、制服を濡らした。
「す、…き。」
「すき、」
「先生がすき、すき、だいすき。」
「他の学校なんて行かないで…、私、先生が好きなのっ」
まるで溢れて出てくる涙のよう、
「神田先生が好き!先生とかじゃなくて、…おとこのひととして、すきなのっ…!!」
じくりじくりと痛むお腹さえも、気持ち悪さも、愛の告白も、どう伝えれば貴方に届く?
「行かないで……、せんせい…。」
行かないで。
そう最後に言って、私は言葉を止めて、嗚咽を漏らしながら泣いた。苦しい。先生を好きすぎて苦しい。先生のせいでお腹痛い、頭痛い、気持ち悪い、胸が…!
「…無茶言うな。」
「…っ!」
あぁ、心臓が、
割
れ
そ
う。
真っ二つと言うよりも、ボロボロと崩れていくようだ。強度を失った私の心臓は今にも壊れる。先生は私の頭を優しく撫でた。触らないで、触らないでよ、そう言いたかったのに、涙が邪魔で、声が、出ない。
私は先生の手が好きだった。スカート短いって差された綺麗な指、チョークで達筆な字を書く綺麗な指先、「阿呆」って私の額をとん、と押す指、テストでちょっといい点取った時、「お前にしては上出来だ」と撫でてくれた手。体育館で蹲った私を保健室に連れてって寝かせてくれようとする手、毛布をかけてくれる手、好きだと言った私に、「悪い」って決定的な言葉を言わないで優しく撫でてくれる手。触らないでって、どの口が言えるの?私の心は、こんなにも貴方を好きだと言って崩れていくのに。
「無茶、言うな。俺は…、」
「先生。」
涙はまだおさまっていないけど、私は声を出した。
ひっどい不細工な声だったけど、そこは見逃して欲しい。
「ごめん、先生。本当、無茶言って。」
「…いや、」
「ごめん…。」
セーターの袖口が濡れてる。もともと水気を吸い込まない布質なのに、ごめん、セーター、先生。
「……でも先生。私、先生の気持ち嘘じゃない。…忘れないで。」
他の学校に行っても、私のこと、絶対に忘れないで。未練がましいって思ってもいい。怖い女だと思ってもいい。それでも、私のこと忘れないで。もし再び会った時に、お前は誰だっけなんて言ってほしくないの。名前なんて覚えなくていい。あぁ、俺に告白してきた馬鹿な生徒って認識だけでいい。忘れないで。忘れないで。
「…忘れるかよ。」
「本当…?」
「あぁ。」
その言葉に私がどんなに救われるか貴方は知らない。
「嬉しい…、」
そう言って私は、これまた不細工なツラで先生に笑った。瞬間、
「やめろ、」
先生が私の頭を撫でるのを止めて、私から顔を逸らした。
やめろ、って何を。告白、を?涙を?
せ、先生、そんなあからさまな態度、さすがの私も傷付く…、と言えば先生は「違う!」と吠えた。
え、えぇ?
「その、泣き顔やめろ…。お前が泣いてると、…調子狂う。」
そう言って先生はまだ流れ続ける私の涙を指で拭ってくれて、あぁ、やめて。そんなに優しくされると、本当、先生のことを思い続けて棺桶入りすることに…、
「先生、あの…、」
「黙れ。」
ぐっ、と鼻を摘まれた。え、ちょ、何。
「さっきまでずっとテメェが喋りやがって、俺にも話させろ。」
「あ、う、うん…。」
鼻が離されて、その手は、私の頭を優しく、また撫でてくれた。
あれ、な、なんか違う。何が違うのかわからないけど、何か違う。違う。今までこんな撫で方じゃなかった。先生、いつももうちょっと荒っぽく撫でてくるのに、頭のてっぺんに手を置いて、髪に指を絡めるようにして手をおろして、また頭のてっぺんにいく、この撫で方は、何?知らない。こんな撫で方、今まで、してもらったこと、ない…。
「赴任先については、無茶言うな。俺にはどうしようもすることができない。わかるな?」
う、うん。
「あと、その泣き顔、調子狂うから止めろ。」
それは後もうちょっと待ってほしい。
「お前は笑ってる顔の方が一番いい。」
あ、ありがとう…ご、ございます…。
「違う、そうじゃない。俺が言いたいのは…、ッチ、くそっ」
ッチ、って先生…。
「俺は、優しくないぞ。」
そんなことない!先生は優しいよ!今だって私を保健室に連れてってくれて!
「それに教師だ。」
知ってる。私は生徒で、まだ高校も卒業してない。
「だから問題になっても遅いぞ。」
………え……?
「教師と生徒なんてバレたら退学だ、俺だってまずい。……いや、これもちょっと違うな…。」
先生?
「ッチ、…おい、一回しか言わないからな!」
は、はぁ……、
「俺も好きだ。」
「生徒とか教師とか関係なしに、女としてお前が好きだ。」
は…、
「ま、………待って、待って待って待って先生意味わかんない!」
「あぁ!?」
「せ、先生は先生だよ!?」
「だからさっきから言ってんだろ!」
「私生徒だよ!年下だし!先生犯罪だよ!」
「うるせぇっ!だから言ってんだろ!」
「そ、それに先生四月か…!」
視界が暗転。
違う、先生のスーツの色が近すぎて視界が真っ暗になっただけ。違う違う、私が、先生に抱きしめられているから真っ暗なの。(どういう、こと…、)
「忘れねぇ。お前の気持ち。忘れさせねぇ。」
先生の指が髪を絡めて、私の頭を撫でる。なんて、心地の良い、温かさ。
「俺は明後日都内に引越しする。だからお前が俺の所に来い。」
「…せ、せんせい?」
「俺ん家にお前が来い。俺はこっちには行かない。こっちで一緒に歩いてたら即問題だ。俺の所まで駅の定期作っとけ。金は出す。」
「…せ、先生言ってること、無茶苦茶だよ。」
意味わかんないよ。私の頭ついていけてない。体中の血液沸騰しそう。あれ、なんで。さっきまで血が足らなかったのに。頭も痛くないし、お腹も痛くないし、あんなに気持ち悪かったのに、今じゃ、全然、どうして、先生。先生、私、これからも先生と一緒にいていいってことなの?髪の先を指でくるくると絡めてないで、答えて、先生。
「先生、もう一回。もう一回言って。」
「一度しか言わねぇっつった。」
「そ、そんなこと言わないで、お願い。」
「 言 わ な い 。」
そ、そんな一語一句はっきり言わなくたって。むぅ、と頬を膨らませれば、ばふ、と頬を指で押された。
「い、意地悪…!けち…!」
とその手を払って私は先生を睨めばそこには先生のとても楽しそうな顔、(……あ、歯を出して笑ってるとこ、初めて見た。)そして、そんな先生のお顔に見惚れていてぼぉっとしてる私に、先生はこう言ったのだった。
「当たり前だ、」
俺を誰だと思ってんだ。
俺様神田先生!!
恋せよ教師!