好きな女がいた。いつも城の中庭、水瓶を抱えた女神像の噴水に腰掛け、水に浮かぶ蓮の花を愛でる女。城に入れるぐらいだから何処かの貴族の娘なのはわかっていたがとにかく気取らない女で、俺がこの城の王子なのを知らないのか声をかければ普通に返すし、恭しくしないし、無邪気に笑いかけてくるし、とにかく今まで女に感じていた「面倒」な感情をぶっ飛ばすような女だった。互いに互いの名前は知らなかった。だけど会えるだけで良かった。言葉を交わすだけで良かった。つまらない経済論、政治談義を聞くより女と今日の天気とか蓮の花の話をする方が万倍楽しかった。ずっとこうしていたかった。だけど続かなかった。俺に縁談の話がきた。今まで何とか逃げていた話が歳を重ねるごとに逃げ切れなくなっていた。最終的に俺は外国に勉強するという事で逃げ切った。きっとこれが最後だ。王子として世継ぎは成さなければならない。その過程の結婚も絶対だ。俺は女に花を贈った。贈ったというより、噴水に浮かんでた蓮の花をちぎり取って渡しただけだが。忘れないで欲しいとか、待ってて欲しいとか、好きだとか、そんな甘い台詞は言えなかった。キャラじゃない。だけど女はとても嬉しそうにその花を受け取ってくれたから、静かに高鳴る心臓に身を任せて俺は、唇に唇を重ねて、国を出た。それから二年後、俺はこの国に帰ってきた。女はそこに居なかった。蓮の花も女と一緒に無かった。後で聞いた話だが、蓮の花の花言葉は、「離れゆく愛」。*.。゜・。*.゜。.*.゚
煤より灰が酷かった。煙突から細い体を引き抜いてケホッと小さく咳をした##NAME1##にリナリーは腰に手を当てて目を釣り上げた。「##NAME1##!煙突掃除は危ないからもうしないって約束したじゃないっ」陽に当たると微かにエメラルドグリーンに光る黒髪黒目の可愛らしい双子の姉妹が森の奥深くの小さな小さなあばら家に住んでいた。二人は大変美しい少女で、髪をツインテールにしているのがリナリー、一つに結い上げ団子にしているのが##NAME1##だ。どちらもくりくりとした瞳に白皙の肌、さくらんぼのようにふっくらとした唇が実に愛らしかった。愛らしかったのだが、どうやらリナリーはくりくりとした瞳を釣り上げ、##NAME1##は白皙の肌を真っ黒にしていた。「でもリナリー、無事煙突掃除終わったよ?それに誰かがやらないと…この暖炉古いからちゃんと手入れしないと本当に使えなくなると思うし。」「煙突掃除は煙突掃除人に頼めばいいでしょう?」どうやら##NAME1##が危険な仕事で有名な煙突掃除を一人でやっていたらしい。その証拠に##NAME1##の体は煤と灰で汚れ、##NAME1##が動くたびにほろほろと落ちたり汚れたり。家の外だから良かったものの、中だったら歩くたびに真っ黒な足跡が残っていただろう。そんな汚れ仕事の前に危険な仕事を##NAME1##は以前も二回程やっていて、一回目は家中を煤だらけにし、二回目は屋根から落ちそうになったのを見てリナリーは##NAME1##と「もう煙突掃除はしない」と約束をしたのだ。「家にはもう煙突掃除人を呼ぶ程お金なんてないし、できる事はやっちゃった方が良くない?」「お金ないのは確かだけど…、煙突掃除は私達のできる事のうちに入らないわ。」もし前みたいに煙突から足を滑らせたらどうするのだ。街にいる煙突掃除人だって死亡率が高いから貧民街の子供達がやっているというのに。リナリーはまったく反省の色を見せない##NAME1##に嘆息した。そして井戸水で濡らしたタオルで##NAME1##の顔を拭えば同じく白皙の肌が拭いた部分だけ現れた(その分タオルは真っ黒になったが)。「お願い##NAME1##、無茶だけはしないで。」「…………………。」嘆息の後、急に泣きそうな顔をして自分の顔を拭ってくれるリナリーに##NAME1##は黙った。二年前、二人は両親を失っていた。父が流行り病でこの世を去り、母もその後を追うように流行り病で亡くなった。##NAME1##達の父親は城勤めの貴族だったが、父が亡くなってからはまるで追い払われるようにして城から居場所が無くなった。親戚も流行り病を恐れていたため頼る事が出来なかった。結局辿り着いた場所は森の奥深くのこのあばら家で、二人はたった一人の兄と一緒に三人、細々と暮らしていた。リナリーは恐れているのだ。父と母を立て続けに亡くし、それにまた一人加わるのを。元々心配性なリナリーだったが、両親を亡くしここで暮らすようになってからは更に心配性になってしまった。まぁ、##NAME1##が心配をかけるような事ばかりしているからもあるのだが、##NAME1##は##NAME1##で没落貴族となってしまった自分達の生活が少しでも良くなるよう考えてやっている事なのだ。そう、自分達は没落貴族となってしまった。だからこんな小さな家に住んでいるし、煙突掃除だってやっている。「やだ、##NAME1##。あなたまた痩せたんじゃない?」「えぇ?変わらないよ。」「ううん、腰回りとかお尻とか…ほら!」「ちょ、リナリーどこ触って…」腰や尻の形を確かめるように触ってきたリナリーに##NAME1##が身を捩ろうとしたその時だった。「!?」「!?」家の裏から大きな爆発音が聞こえて家周辺の木がゆさゆさと揺れた。暖炉を使っているわけでもないのに煙が立っている。その怪しげな煙に##NAME1##とリナリーは顔を見合わせて溜め息を吐いた。「兄さん……」「兄さん……」。*.。゜・。*.゜。.*.゚「どうだいどうだい?」##NAME1##に負けないぐらい(先程の爆発で)真っ黒な顔をした二人の兄が自慢気に腕を広げていた。兄、コムイの背中には(先程の爆発を引き起こしたであろう)変なマシンがあった。本体は馬鹿でかい南瓜に車輪をつけたもので(きっと馬車なのであろう)、前輪には四足の蜘蛛のようなマシンが付いていた。その見たことのあるマシンに##NAME1##とリナリーは二人で遠い目をした。(うわ…新しい『コムリンシリーズ』だ…。)(うわ…新しい『コムリンシリーズ』だ…。)「名付けてコムリンV弐型!」(弐型…?という事は一回失敗してるって事かしら。)(いや、零型があったかもしれないよ。)(そもそもVって所で信頼性ゼロよね。)(もともと兄さんの発明品に期待なんてしてないけどさ。)「ん?ん?二人とも僕のすごすぎるコムリンに言葉も出ないって感じ?」(兄さんは残念な天才だから…。)(兄さんは残念な天才だから…。)まるで最高傑作を作り上げたように(彼の中で作り上げたモノ全てが最高だ)満足そうな顔をする兄に二人は愛想程度に笑ってあげた。「わ、わー…また今回もすごいわね、兄さん。」「ホ、ホントー。今回のは何なの?」「ふふん、よく聞いてくれました!」聞いてあげてるんだよ、という常思っている言葉は飲み込んで二人はコムイとコムリンV弐型を見た。「このコムリンV弐型は、馬車なんですっ!」「へ、へぇ。にしても大事な馬のとこに変な…」「##NAME1##…!」「はっ…!だ、大事な馬のところに……メカがいるよ?」「今回の本体はそのメカなんだ!」爆発で眼鏡が曇っているのか、それとも興奮して曇っているのかわからないが、コムイは鼻息を荒くして拳を握った。もしや…と展開が読めてきた##NAME1##とリナリーは顔を引き攣らせながらも黙って聞いてあげた。「この馬車は!このコムリンがお馬さんでっす!!」(絶対に乗りたくない…!)(絶対に乗りたくない…!)コムイの言葉に二人はぶるりと体を震わせた。