Love song
□Conductor
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微かな音をたてて、ドアが細く開く。
何かに怯えた犬のように様子を伺う女のシルエットが覗いた。
「気分はどう…?夕飯はどうする?」
「もうだいぶいいよ。ご飯は母さんの好きにすればいい」
「そう…わかったわ」
部屋へ入ってきたのと同じように女が静かに出ていった。
毎日繰り返される、何も変わらない日常。
息が詰まりそうな部屋の中で、少年は息をついた。
――どうして、あんな風になってしまったのだろう。こうなるきっかけを作ってしまったのだろう。
考えても仕方のないことをまた今日も思い返しそうになり少年は慌てて頭を振った。
過去には戻れない。時間は前にしか進まない。
何度も自分へ言い聞かせてきた言葉を胸の中で反芻して上体を起こす。
母親はもうとっくに仮病を察しているらしく、朝早くから部屋に運ばれたメニューはとても病人食とは呼べないようなそれだった。
病気を装う必要はないから、外へ出ろと言いたいのだろう。
なぜそれが言葉で伝えられないのかをよく知っている少年は奥歯を噛みしめた。
暗黙の了解というものがこんなにも嫌だと思う瞬間を他に知らなかったからだ。
――直接言われないからこそ、なおのこと自己嫌悪になって外へ出る気をなくすのに。
また堂々巡りになりそうな思考に少年は小さく舌打ちをして、たたんであった服へ手を伸ばす。
こうしていても事態が好転しないことを彼はよく知っていたし、母親を悲しませたいわけではなかった。
家にいることよりは外に出た方が、ただ一人しかいない肉親に特異な目で見続けられるよりは少しはましだということもよく分かっていた。