Love song

□Soloist
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狭い部屋に大きな、乾いた音が響いた。
続いて、何かが倒れ込むような音と同時に罵声が重なる。

「そんな顔で私を見るなって、何度言ったらわかるの!!」
「ごめんなさい、ごめんなさい…!!」

ヒステリックに響いた女の声のあとに、頼りない声が小さく繰り返される。
はあ、と大きくわざとらしいため息をついた女は床を踏み鳴らして自室へ消えた。

「ごめんなさい、…ごめんなさい…」

まだ謝り続けている頼りない声の持ち主はまだ小さな少年だった。
少年は自分が何故殴られなければならないのかを知らなかった。
殴られるのは嫌だった。なにより女が自分のことを嫌っているのではないかと、成長しかけた自我が勘ぐってしまうのが恐ろしかった。
嫌われてしまうのは嫌だった。女は少年の母であった。

嗚咽をなんとか抑えながら、少年は立ち上がる。
いつまでも泣いているとまた殴られるかもしれない。前にそんなことがあって以来、泣く時間も最近は短くなっていた。
今日も学校へいく『ふり』をしなくては。

自分で用意した、乾いたチップに牛乳をかけたようななんだかよく分からない朝食を流し込むように食べて適当に髪を整える。くせの強い髪はどうしたってあちこちに跳ねて落ち着かない。
顔を洗って、歯を磨いて、その間に一度も声はかけられない。やがて少年は玄関に立って、そっと家の中を振り返る。

「…いってきます」

静まり返ったままの空間に、やがて鉄の扉の閉まる音が重たく沈んだ。
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