シリーズ小説

□【Tea houseシリーズ】
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いくつもの緩やかなカーブを曲がると、やがて連なっていた家が途切れて、広々とした開けた場所に出てきた。
背丈の高い草が青い海のように茂っている丘を、まっすぐに車を走らせる。
草の葉が流れるように揺れて、空はどこまでも青かった。
今の季節がロンドンの郊外では、一番新緑が美しい。
牧草は日差しを弾いて、明るく輝き、風に大きく波の打つようにたなびいている。

ハリーは窓を大きめに開けると深呼吸をした。
目を細めて、気持ちがいい風をほほに受ける。

―――ふとドラコが、自分のひざの上で組んでいた指を見つめたまま、ポツリと言った。

「誰だって、うまくいかないときだってあるさ、ハリー……」
そう柔らかく言うから、ハリーはその意味が最初分からなかった。

「―――えっ?」
「車をとめてくれ」
ふいに言われて、ハリーは牧草地のわきに車を寄せる。

「深夜にうなされていたよな?何か、悩んでいることがあるのか?──僕はもちろん君の代わりにはなれないし、君のしている仕事の内容もマグル界のことだから、よく分からない。ときどきしか君のフラットに来られない僕は結局、何も出来ないかもしれない。君の今いる現実を変えることも出来ない。それでも……」
ドラコは顔をあげてハリーを見る。

「何でも抱え込むなよ、ハリー」
「―――えっ?」
ドラコは無言のままからだを寄せてくると両手を広げて、ぎゅっとハリーを抱きしめた。
驚いたように身じろぎ離れようとすると、余計に強く抱きしめてくる。
「動くんじゃない」
そんな命令口調でも、ハリーは嬉しかった。

「何かしんどいことがあったのか?ひとりで落ち込むな。話を聞かせてみろよ」
そう言って、ハリーを抱きしめたまま囁く。

「仕事の話だよ。つまらない愚痴だ。聞いていても楽しくも何ともないよ。そんなことより、せっかく君と過ごすことができる休日なんだし、もっと面白い話でも――――」
話題を変えようとしたら、ドラコはその唇をふさいだ。

そっとそれを離すと、「いいから」と言葉を続けた。
「―――いいから、話してみろ」
目を細めてやさしく促すように、ドラコはそう言った。

ハリーはため息をつくと、思い切ったようにぽつりぽつりと話し始める。
職場の人間関係が、近頃うまくいってないこと。
取引先からの無理な注文。
上司の気まぐれな言動に振り回されていること。
きっとどこにでもある仕事の愚痴だったけど、ドラコは何度も頷いて、一切口を挟まず、最後までハリーの言葉を聞いてくれた。

ドラコはけっして辛抱強い性格じゃなかった。
どちらかというと短気で、気が短いほうだ。
しかしハリーのために、真剣に耳をかたむけてくれる。
それがとても嬉しかった。

仕事の悩みを話し終えたハリーを見つめたまま、そっとドラコは告げる。
「──だけどそれは、君だけのせいじゃないからな」
そう言ってハリーの手を握った。

「君にそう言ってもらえて、気分が楽になったよ。本当にありがとう……」
ハリーが言うと、ドラコは照れたような、それでいて柔らかい笑みを口元に浮かべた。


自分を見る淡い水色の瞳が、空の青い色を映しこんで、とてもきれいだった。

ハリーが笑うと、ドラコも目を細める。
──こういう静かなふたりの時間が、とても好きだった。



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