シリーズ小説
□【ふたりは〜シリーズ】
8ページ/13ページ
4.
午後の授業を告げる鐘の音が、かすかに響いてきた。
「どうする、ドラコ?午後の授業に遅れるよ」
「キミはどうする?僕はどちらでもいいけど………」
「どうしようか?」
「どうする?」
で、結局は互いの顔を見て、笑っているだけだ。
ふとドラコは柔らかな前髪が風にあおられるのを感じて、視線を前に戻した。
「ここの風は涼しくて気持ちいいな」
水面に風が吹き、軽く波立っているのを見て目を細める。
丁度真上に昇った太陽の反射で、深い青を湛えている湖面はまぶしく輝いていたからだ。
「そうだね。おなかもいっぱいになったし、天気はいいし、眠たくなってくるよ」
ハリーは隣でのんびりと大きくあくびをした。
「ついでに、今日の午後の授業はつまらない」
「というか、いつもキミは授業が退屈でつまらないくせに」
「あーっ、言ってくれるね!キミだってつまらないだろ、ドラコ?だって、あんな精密ならくがきなんかするぐらいなんだからね」
「もちろんつまらないさ。」
「ああ本当に毎日の授業が、クィディッチばかりだったらいいのに」
「―――それはそれで、ちょっと……。でも今から帰ったとしても、遅刻だよな」
ドラコはぼんやりとつぶやく。
「サボっちやうおかっ!サボったついでに、ここで魚釣りでもする?」
「竿はどうするんだ?」
「僕の部屋からアクシオで取り寄せるよ」
まんざらでもないドラコの答えに、ハリーはもうポケットから杖を取り出して、それを振っている。
こういうときだけは正確な彼の呪文によって、二本の竿がすぐにハリーの手に収まった。
赤色とシルバーの釣竿だ。
「どっちがいい、ドラコ?」
ハリーのあまりにも素早い行動に苦笑しながら、ドラコは首を横に振った。
「すまない、ハリー。僕は残念ながら釣りはしたことがないから、よく分からないんだ」
その言葉に相好を崩して、ハリーは満面の笑みを顔全体に浮かべる。
「そうなのっ!ドラコ、釣りしたことないの?結構楽しいのに。もちろん、僕が教えるよ。全部教えてあげるから。だって僕たちはともだちだろ!」
ドラコも小さく笑い続けながら、うなづいた。
「ともだちだから、教えてくれるかい、ハリー?」
「うん!うん!」
ハリーは自分が教える立場というのがとても嬉しいらしい。
少し自慢げにドラコにレクチャーを始める。
「まずさー、何を狙う?大物狙い?それとも、小さくても釣れやすいのがいい?遠くに針を飛ばしたいときは、このリールがいいよ。そしてなにより、浮きと仕掛け、重りのバランスが肝心なんだ。重りはこの釣竿の強度にあわせなきゃね。あまり重くするとしなりすぎて折れちゃうし、軽すぎると釣り糸がうまく動いてくれないし、その兼ね合いが難しいんだ」
まるで知ったかぶりの講釈だけど、ドラコは興味深そうに聞いている。
「とりあえず、一度僕は魚を釣り上げてみたい」
「じゃあ、中型狙いだね。分かった」
ハリーは手馴れたように、箱から重りや仕掛けのチョイスをしセットして、釣り針に餌を刺すと、ドラコに「さあ、どうぞ」と手渡した。
ドラコはそれを持って立ち上がり、いきなり振ろうとするので、慌ててハリーはとめる。
「ちょっと待って、ドラコ!振り方にも、コツがあるんだよ。ただやみくもに振ってもダメだよ」
「じゃあ、どうするんだ?」
竿を持ったまま、しぶしぶドラコは振り向いた。早くこれを振りたくてたまらない様子だ。
ハリーも立ち上がると、ドラコの後ろに立った。
ドラコの背中から腕をまわし抱きこむように、相手の持っている釣竿をいっしょに握る。
寄り添うように立つと、ふたりの身長はそう差異はなかった。
なのに、ドラコの肩は思ったより細くて、背中も薄い。
少し大きめのシャツにからだが泳いでいるようだ。
「なんで、ドラコはこんな大きめのシャツ着てるの?キミはお金持ちなんだし、もっと自分とぴったりのサイズの服を着ないの?」
素朴な疑問が口をついて出た。
「ああ、だってこっちのほうが少しでもからだが大きく見えるだろ?」
「涙ぐましい努力しているんだね」
ハリーはドラコの子どもっぽい理由に笑ってしまった。
「うるさいなーっ!これでも貧弱なからだのことは気にしているだぞ、笑うことないだろっ!」
ドラコは膨れ面のまま、プイと横を向いた。
だけどハリーのゲラゲラと笑っている声は一向に収まらない。
益々ドラコは不機嫌になってきた。
「これから肉をいっぱい食べて、胸板の厚いムキムキな男になるからなっ!今に見ていろよ」
ドラコの負けず嫌いな言葉に、たまらずハリーは噴出した。
「な……なに言ってんの、ドラコは!貴族の御曹司のキミが筋肉ムキムキ!その顔で?この体型で?本当に目指してるの?……僕はキミの素敵な野望にもう死にそうだよ」
ドラコを両手ですっぽりと抱くような格好のまま、派手にハリーは笑い転げて、涙ぐんでいる。
ドラコは真っ赤になった。
「もう、勝手に笑ってろ、このバカ!」
プリプリ怒って、背後のハリーの足を思い切り踏みつける。
「あいたたたた……」
ハリーは顔をしかめて、
「ごめん。言い過ぎた」と素直に謝った。
目の前にある細いドラコの首筋は、上気して薄くピンク色に染まっていて、大きめのシャツからはそのきれいな鎖骨までのラインが覗いていた。
怒りで高くなった体温によって、甘くて深いコロンが強くドラコの襟元から匂い立つ。
ドラコの柔らかそうな白い肌には、シミ一つなかった。
ハリーはこうしてドラコを抱いていると、なんだかとても信じられないぐらい、幸せな気持ちになってきた。
『ともだち』だったけど、これはロンやハーマイオニーとはちがう、もっと別のような感じもする。
でもそれが何なのかよく分からなかった。
こんな感情など、今まで一度だって持ったことがないから、理解できない。
ハリーはつかみどころの無いこの気持ちに、首をかしげた。
→