シリーズ小説
□【ふたりは〜シリーズ】
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まるでこのふたりを傍から見ていると、大きな犬が2匹でじゃれあっているように見えるだろう。
「降参は、ハリー?」
ドラコも暴れるハリーを押さえつけるのに疲れてきたし、ハリーは笑いすぎて息もできない。
「……ハーリィー?」
語尾を上に伸ばす、意地悪なドラコの問いかけ。
「分かったよ。もう参りましたっ!!」
ハリーはしぶしぶ、また今回も自分の負けを認めて謝った。
ドラコは満足そうな顔で笑う。
「重たいから、ちょっとどいてくれよ、ドラコ」
ハリーは地面に寝そべったまま、自分の背中に馬乗りになっている相手を振り返って見上げた。
すると思ったよりずっと、ドラコの顔は間近にあることに、ハリーは驚く。
ドラコのハアハアと上がった息。
上気したほほ、うっすらと汗をかいた額は、なぜかハリーには別のことを想像させてしまい、ドクンと心臓が飛び上がった。
相手の表情にうっとりと見とれてしまう。
(ああ、もうきっと僕はおかしいんだ。ドラコはいくらきれいでも、男なのに―――)
ドキドキと胸の鼓動が早鐘を打った。
(ドラコは僕の大切なともだちだろ?何、バカなことを考えているんだ。)
ハリーは眉を寄せると、自分を叱咤する。
(ともだちにこんな感情を持つことは、絶対に間違えている。こんなにドキドキするなんて。ああ、こんな感情なんかなくなってくれたらいいのに)
唇をかみ締めると、この押さえても沸いてくる思いを憎んだ。
ドラコは覗き込むように、じっと口もとに笑みを浮かべたまま、ハリーを見ている。
薄青い瞳はけぶるように美しく、汗で張り付いたプラチナの髪もきれいだし、このあいだフレグランスを変えたばかりだという、フローズン・ミントがハリーの鼻腔をくすぐる。
(……ああ、僕はこんなバカな自分の願望だけで、大切なともだちを無くしたくはない)
ハリーはゆっくりと沈んだ気持ちになった。
なくしたくはないのに、何かを期待しているなんて、自分の都合のいい願いに口元をゆがめる。
(早くこんな思いを断ち切らなければ……。ドラコはこんな感情など理解しない、いたってノーマルで保守的な考えしか持っていないから―――)
ハリーは暗い気持ちで、瞳を閉じた。
(……もし僕が同性しかこれから好きになることが出来ない嗜好ならば、そういう相手を別に探せばいい。―――決して、その相手にドラコを選んではダメだ。この目の前にいるドラコに告白すれば、今まで築き上げてきたものが全て壊れてしまう)
この思いは出口がなくて、日々苦しくなる一方だった。
しかしハリーはどんなに苦しくても、ドラコに自分の思いを告白しようとは思ってはいない。
それは自分が傷つくのを恐れているのではなく、逆にドラコのことを深く思って、必死の決意でそう決めていた。
いつも悲しいほど一人ぽっちで、虚勢を張っていたドラコがやっとみつけた、心許した相手がハリーだった。
意地っ張りで、あまのじゃくで、素直になれない、生きるのが下手くそな、プライドばかりのドラコの、唯一のともだちが彼だ。
ドラコが『ともだちであるハリー』のことをどんなに嬉しく思い、大切にしているのかを十分理解していたハリーは、絶対にその真摯な彼の思いを壊したくはなかった。
あんなにも信頼を寄せてくれているのに、この自分の思いなど、裏切りと同じ意味を持っていることくらい、ハリーはしっかりと理解していた。
ドラコは望んではないし、逆に「今までそんな目で自分を見ていたのか」と、ひどく傷ついてしまうだろう。
誰よりもドラコのことが大切だった。
だからハリーは自分の秘めた思いの成就など、これっぽっちも望んでもいなかった。
(それに僕も、もっとドラコより好きになる相手が、これから出てこないとも言いきれないしな)
と自分に言いきかせる。
本当はそんな相手など、絶対に出てこないことは分かりきっていたけれど、『二番目』に好きになる相手なら、探せばなんとか出来そうだったからだ。
「―――ハリー……」
少し舌っ足らずのような、甘えを含んだ声で、ドラコが呼びかけてくる。
「なに、ドラコ?」
ハリーはその声にすら、腰にジンとくる痺れが走る。
うっとりと相手を見上げた。
「おまえさー……、なんかさ、汗くさいぞ。コロンとか付けないのか?」
途端にハリーはショックで気分を害してそっぽを向いた。
「悪かったな、汗くさくてさ!コロンなんてものは、つけたことがないから、分からないんだ。すまないね!これでも毎朝、きちんとシャワーを浴びて清潔にしているつもりだけどな、僕としてはっ!」
ドラコは苦笑すると、そのままそっと、ハリーの首筋に鼻を寄せる。
ドラコの鼻先がハリーのうなじに触れて息がかかり、ハリーはその感触の心地よさにからだが震えそうだ。
「……別にハリー……。僕はお前の汗のにおいは嫌いじゃないぞ」
それは聞く者が聞けば、かなりセクシャルな意味にしか取れないセリフを告げる。
(ドラコは僕のにおいが好きなの)
ハリーはもうその言葉に眩暈がしそうになった。
「―――でも別の香りが混じれば、もっといいと思う。例えば、僕が使っている『アイス・キューブ』とか―――」
そっと、ドラコはハリーのほほを撫でて、ささやく。
「―――それって、どんな香り?」
「……まずそれを肌につけると、ひんやりとして、まるで氷みたいなんだ。そして、すうっという冷たさのまま、肌に解けるとウォーターフルーツとバルガナムの香りが匂いたってくるよ。そしてミントの涼やかさが全身を包むんだ。ゆっくりと……。―――どう、ハリー?」
ゆらゆらと虹がかかったように揺れるドラコの瞳に吸い込まれるようだ。
「……悪くないね」
ハリーはもう喉がカラカラで口の中が乾き、相手の目を見つめ返したまま、やっとかすれた声で答えた。
目の前のドラコは近づきすぎた顔を、相手から離そうとはせず、今度はそっと両手を出して、やさしくハリーのほほを包んだ。
「―――ドラコ……」
「なに?」
「僕たち、顔が近すぎないかな?」
ぎりぎりの理性を振り絞って、ハリーは相手に注意を呼びかける。
「そうだね。近すぎるね、ハリー……」
クスリとドラコは笑うと、もっとハリーに顔を近づけてきた。
もうふたりの距離は鼻をぶつけそうな距離しかなく、お互いの顔が自分の視界いっぱいに広がっている。
見つめると、ドラコの瞳の中に、自分の切羽詰ったギリギリの表情が映っていた。
その顔はとても切なそうにも見える。
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