短編小説
□ *マグカップ*
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―――あれからもうかなりの年数が過ぎたはずだ。
自分は卒業後マグルの世界に戻り、あまり大きくはない会社に勤めていたけど、ドラコは逆にマルフォイ家の膨大な資産を元手に会社を興して、大成功を収めていた。
よくいう成功者というヤツだ。
少し前にとうとう彼のグループ会社はマグル界にも進出し、大きなデパートをオープンさせた。
……まあ深く聞けば、どうやら彼のイタリアのブランド好きの奥さんの強いゴリ押しあったらしい。
流通業界は先が読むのが難しいと、ハリーに愚痴をこぼしたことがあったけれど、今は経営は安定しているみたいだ。
「君も自分の奥方や子どもを連れて家族で来ればいい」
と気軽に誘ってはくれるけれど、この薄給だ。
「今度、スーパーマーケットが開店したら、通わせてもらうよ」
と答えて、お茶を濁している。
「スーパーマーケットもデパートも、物を売っているんだし、同じようなものだろ?」
などと浮世離れしたことを言うから、
「やはりドラコはどう転んでもボンボンだなぁ」と半分呆れながらも、深く頷いたりした。
ドラコは本当にエキセントリックで自分の周りには絶対いないタイプだったので、なんだか面白くて、ハリーはこうして相手と会うことがかなり楽しみなのは、ちょっとした秘密だ。
彼にしたら結構乱暴な仕草で椅子を引いて、ハリーの前に座り込む。
「機嫌悪いみたいだね」
目の前の画面を目で追いながら、言葉だけで相手に尋ねると、ドラコはコーヒーを一口飲んで、その熱さに小さく舌打ちしてそれをテーブルに置いた。
「ああ、そうさ。せっかく来てやったのに、君がパソコンを閉じないからだ」
「もうちょっと待ってて。もう少しでこのエクセルの表が出来上がるんだ。仕上げてから、閉じるから。あと少しなんだ……」
そう言うだけで、パソコンばかり目で追う相手にドラコはキレて、ムッとした表情ままハリーのパソコンの上蓋を強引に閉じてしまった。
「あーっ!!」
そのハリーの大声に、逆にびくっと怯えたように素早く手を引っ込めてしまう。
「なっ……なんだ?!」
目を白黒させているのが、いかにも気が小さい(本人に言わせると繊細なんだそうだ)ドラコらしい。
「突然、閉じないでよ!まだ保存していないのに。大切なデーターが消えたら、どうしてくれるんだよ」
「そっ、それくらいで消えるものなのか?」
ドギマギしながら尋ねるドラコは不安げな様子で、ハリーをじっと見た。
「いや……、もしかしてのこともあるし。案外パソコンは振動に弱いしね」
いつもは尊大で偉ぶった態度しか見せない相手から、そんな瞳で見詰められるのは案外気持ちよかったので、ハリーは表情を和らげて落ち着かせるような笑みを浮かべた。
ドラコはそれを受けホッして肩の力を抜くと、背もたれに背中を預ける。
「そんなデリケートなものをいつも持ち歩いているのか?」
「デリケートって……」
ハリーはその言葉が面白くてクスクス笑った。
「別にデリケートじゃなくて、機種が3年前の古いやつだしね、ガタがきているんだ。結構、酷使しているからなぁ。振動でデーターが飛ぶことがあるんだ。そりゃー、最新型のタフで防水も完璧なのが欲しいけど、高くて無理だなー」
「たった3年前の品物で古いのか?データーがとぶ?!空をか?」
ハリーが今度は弾けたように笑う。
「……もしかして、ドラコ。君、パソコンは疎いの?知らない?」
図星なのか、言葉を切るとフイと横を向いた。
「知るはずないだろ!わたしがそんなマグルの機械のことなんて」
「でもこっちの世界にも店を持っているじゃないか。パソコンも知らないと――」
「そういうのはみんな部下がやっているんだ!わたしがすることじゃない。そんな下世話なことは、わたしはしない!」
「へぇー……、知らないんだ」
ハリーがからかうように言葉を続ける。
ドラコは不機嫌なままコートをつかみ、すぐに立ち上がった。
「どこ行くの?今、来たばっかりじゃないか」
「気分が悪い。帰る!」
からかわれてすぐに帰ることを口に出すなんて、まるで子どもじゃないかと内心で思いながらも、ハリーはドラコの不貞腐れた様子が面白い。
いつもはカチカチのプライドの下に隠されている、めったに見せない表情だ。
それだからこそ、尚更わくわくとした気持ちのまま相手を引きとめようとする。
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