シリーズ小説

□【Noelシリーズ】
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そうしていつの間にか、ハリーは少しウトウトと眠っていたらしい。


肩を揺すられドラコに起こされると、あたりはとっぷりと暗くなっていて、
「夕食ができたから」
と呼ばれた。

ハリーはうきうきとしたステップでも踏みそうな仕草で猫を引き連れて、ドラコの後に従う。


明かりが灯ったダイニングのテーブルには暖かな食事が乗っているとばかり思っていたのに、あったのはただの見慣れたレトルトのパッケージだ。

冷凍のパックを暖めたものしかない。


「あれ……、食事は?」

「何がだ、そこにあるだろ」
不思議そうにドラコは答える。


「だっ……だって、これはレトルトだ!!」

ハリーの予想外の大声にドラコは目をしばたいた。

「どうしたんだ、ハリー?君が眠っていたから、勝手にフリーザーに入っていた冷凍食品を適当に選んでレンジで暖めたけど、肉より魚のパッケージのほうがよかったのか?」

「いや、そういう問題じゃなくて!」

ドラコを問い詰めるかのようにハリーの声がきつくなる。


「それだったら味じゃないのか?レンジで暖めたものより、オーブンで焼いたほうが好みだったのか?」

ドラコは意味が分からないという素振りで首を傾げた。


ハリーはテーブルのそれを指さしたままだ。

「―――だって君は食事作っていたじゃないか、ついさっきまで。キッチンで一生懸命作っていたのに、それはどうしたの?」

その問いかけにやっとドラコは合点がいったようだ。

ポンと手をたたいて、大きく頷く。


「ああ、君はあれを見ていたのか!僕がキッチンに立っていたのは、ノエルの食事のためだ。ささ身と野菜のボイルを作ったんだ。成長期の猫はこういうのを食べさせたらいいって、本に書いてあったから」

「―――本?」

「ああ、そこにあるだろ」


指差す先には猫の育て方ブックが何冊も重なっていた。

ほかには猫用の通販カタログ、かわいいぬいぐるみや猫専用クッキーのビン詰め、柔らかいタオル、極上の豚毛ブラシなど、ありとあらゆる猫グッズがところ狭しとごちゃごちゃに集められている。

ドラコの『親ばか』というか『猫バカ』はますますひどくなるばかりで、猫用の場所が日々増殖していき、とうとうリビングの長ソファーのひとつはそれのために埋め尽くされ占領されてしまっていた。


ハリーはピカピカの真っ白い高級そうなボーンチャイナの皿に盛られた瑞々しい猫用サラダと、自分の前の味気なくてわびしいレトルトの食事の格差にがっくりと肩を落とした。

はぁーっとため息が出た。

しかし、夕食はドラコも同じレトルトだったし、食べ物のことで文句を言うのはとても下品だと思い直し、それ以上は何も言わず大人しく椅子に座ると、パッケージの銀色のふたをはいでいく。


ドラコはジッと相手を見詰めた。

「……ハリー……。なんで君は不機嫌なんだ?」

「いや……、そんなことはないよ」

ハリーはフォークとナイフを持ち視線を下に向けたまま口を動かして、決して相手を見ようとはしない。


「……ハリー?」

再びドラコは問いかけたけれど、ハリーの態度は同じままだ。

見えない壁のようにドラコを拒絶しているが分かる。

ドラコは眉を寄せ、じっと相手を見詰めた。

ハリーは付き合ってから一度もこういう態度を見せたことがなかったから余計に不安が募った。


「ハリー……」

ドラコはテーブルを回り込みハリーの側に立ち、相手の両肩に手を置くと、再び尋ねる。

「遠慮せずに言ってくれ。何が気に食わないんだ?」

ドラコは言い募った。

「なんでもないことだ」

恋人はただ肩をすくめてばかりだ。


「隠さないで」

「どうでもいいことだ。それよりドラコも席に戻ったほうがいいよ。せっかく暖めた料理が冷めるし」

うまくはぐらそうとする相手の両ほほを軽く叩くようにして包み込み、強引にそっぽ向いた顔をこちらへと向かす。


「ハリー!」

ピシャリとドラコが言い放った。


そのままキツイ視線のままハリーをにらみつけてくる。

薄灰色の鋭い瞳に見詰められただけで、ハリーはすぐに降参した。

自分が100%、相手に勝てないのは最初っから分かっていたはずだ。

惚れた者の弱みだ。

「ちがう。ただ……なんて言うのか―――。うーん……、つまり……。つまりさ、僕は嫉妬したんだよ」

「―――ジェラシー?」
ドラコの瞳が驚き丸くなった。


「ああ、僕は浅ましく嫉妬したんだ」
あっさりと告白する。


「誰に?」

ハリーは苦笑して腕を伸ばすと、ドラコの絹のような真っ直ぐで手触りがいいブロンドの髪を梳いた。

「誰だと思う?」

それに指を絡めながら、意味深に下から見上げるように尋ねてみる。


「皆目分からないな」

ドラコは眉をひそめて、自分の交友リストを頭の中でひっくり返して考えているようだ。

ハリーはそんな相手の真剣さにクスリと笑いそうになる。


「君は自分の魅力を全く分かっていないよ」

低く掠れた声で囁く。


「君はとても鈍いし、いろんな奴らが『あわよくば』って感じでモーションをかけて擦り寄ってくるのを片っ端から追っ払って、やっと手に入れたと思ったのに、僕はうっかり最大のライバルをこの家に引き入れてしまったんだ」

ドラコは瞳を見開いた。

「僕は君がいない間に、この家に誰かを引き入れたことは一度だってないぞ、絶対に!!」


心外だとばかりにドラコは睨みつけて、シュッと威嚇するように息を吐く。


ハリーは食事が終わったばかりの白猫を呼ぶと、彼女は身軽な動作で軽くジャンプして、ハリーとドラコの間に座り込んだ。

ハリーがあごの下を撫でると満足そうにゴロゴロと喉を鳴らす。

「僕は単純に猫に嫉妬していたんだ」

ふたりのあいだに割って入ったようなノエルを指差しながら、ハリーは苦笑しつつあっさりと答えた。


「……だって、相手は猫じゃないか?」

「ああ、そうだよ。ただの一匹の猫でも、嫉妬するさ。恋人に関しては、僕はとても心が狭いからね」

ハリーは相手のブロンドにキスを落とす。

「今日は何の日か知ってる?」

ドラコは緑の瞳を見詰めたまま、首を横に振った。

「―――僕たちがこうして付き合うようになってから、今日で半年だったんだ。だから、記念にわざわざ君が初めて手料理を作ってくれるのかと楽しみにしていたら、結局猫のディナーだったなんて……」

ハリーはわざとらしく咳払いをして、拗ねた表情で声のトーンを落とす。


「―――えっ!そうだったのか?!全く気付かなかった」

ドラコは驚きで目を見張った。

「ホント、君らしいよ。ドラコ」

ハリーはこれ見よがしにため息をつき、ドラコは自分の失敗と、うかつさに顔を赤らめた。


「……君が楽しみにしていたとしたら、本当に悪いことをしたな、ハリー。……でも僕は本当に料理を作ったことがないんだ。今日の料理だって、ただ水煮だったし、味付けは一度もしたことがないんだぞ。―――それでもいいのか?」

ハリーはその申し出に飛びつき、コクコクと熱心に頷いた。


「ぜひ食べたい。君が作るものだったら何でも食べたいに決まっているじゃないか」

ドラコは素直なハリーの姿に目を細める。


「分かった。……じゃあ、あしたの朝、挑戦してみるよ」

その言葉にハリーは喜び、猫とドラコをいっぺんにギュッと抱きしめたのだった。




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