シリーズ小説

□【Noelシリーズ】
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3.


鏡の前に立って全身をくまなく眺める。

……やはりこれはどう見ても猫にしか見えない。


手の甲には肉球、瞳はアイスブルーで、毛並みは白にうっすらと銀色の縞が入っていた。

鏡の中には猫の姿しか映っていない。


そうしてドラコの周りの家具はみんなそびえるように巨大だった。

ハリーにいたっては首を思い切り上にあげなければ顔が見えないほどだ。



――つまり、どうやら本当に猫になってしまったらしい。

この自分自身がだっ!!!



全くバカらしくて、口元を歪めて笑った。
とてもタチの悪い冗談だ。
到底これが現実とはとても思えない。悪い夢にちがいない。


首を振っていると、大きな手が伸びて自分を抱え上げられハリーの顔がアップになる。

「お腹が減ってるの?」

親しげに話しかけてくる緑の瞳はいつも見慣れたものだったけれど、顔つきには違和感がある。


どう見ても今のハリーより若い。

ホグワーツの制服に、見回せば赤と金がやたらと目に付いた。
おまけに獅子のタペストリー。

ベッドは円形に並べられていて、壁際にはそれぞれの机があり、その上にはカバンや教科書や丸められた羊皮紙などが雑然と積み上げられている。



……どう見ても、ここはグリフィンドールの寮の一室に違いなかった。

ドラコはゾッとしてブルリと身震いをした。



(冗談じゃない!)

(なんでグリフィンドールなんかに僕がいなくちゃならないんだ。こんな場所なんか一秒たりともいたくなかった)

(冗談じゃない!)

(冗談じゃないぞ!!)


ドラコはそう心の中で叫びながら、この部屋から飛び出そうと身をよじる。

しかし、ハリーの手は思いのほか強くて、身動きもままならない。



「離せっ!」

鋭く威嚇するように啖呵を切ったはずなのに、実際に聞こえてきたのは、「フーーーッ!」という猫の声だ。


それが自分の口から漏れたものだと気付き、ドラコは最悪な気持ちになる。

この自分が猫で、しかも言葉を発することも出来ないなんて。

情けないやら、悔しいやらで、頭に血がのぼって眩暈がしそうになった。



そんなドラコの気持ちに全く気付かないハリーは、暢気に暴れているドラコ――もとい子猫を抱きしめなおしているだけだ。


「ああっと、そんなに動くと危ないから。下に落ちちゃうよ。何が気にいらないんだろう?抱き方かなぁ……。だったら、これはどう?それともこれ?――ちがうの?だったら、こうやって……」

などと声をかけながら、ドラコのからだをひょいと上向きにしたり、クルリと回して下向きにしたり、いきなり縦抱きにしたりと、いくつものポーズを取らせる。

そのたびにドラコの体は上へ下へ、はては横向き、斜めなど、ありとあらゆる方向にグルグルと回されて、目が回りそうになった。



「いい加減にしろ、このバカ!!」

キレたドラコは、猫の手でキツイ一発を相手のほほに見舞う。

ザリッという鈍い音がして、相手のほほに3本の線が入り、すぐにそこから血がにじんできた。


「――ああっ、痛い」

慌てて引っかかれたほほに手をやると、すかさず緩んだハリーの腕から逃れ、みごとに床へと音も立てずに着地する。


「いきなりヒドイじゃないか」

恨みがましい瞳で見られても、ドラコは「知るか」とばかりに舌を出した。



そうしてドアに向かって歩き出した先に、一本の杖が転がっているのが目に入る。

さすがはいい加減でだらしがないグリフィンドールの部屋だけのことはある。

大切な杖の管理すら、まともに出来ていない始末だ。

こんなことスリザリンの寮では、絶対にあってはならない光景だ。



(ふー……っ、やれやれ)とばかりに首を振る。

そしてドラコはおもむろに、あることに気付いた。


急いでその杖に駆けるように近づいていく。


黄色みがかった杖はハリーのものではない。

多分落ち着きがないロングボトムか、大雑把なシェーマスあたりの持ち物にちがいなかった。


誰の持ち物なのかはこの際関係ない。ドラコは杖が必要だったからだ。

これさえあればマジックを使うことが出来る。

くだらない悪趣味な自分にかけられた魔法を簡単に解くことができるはずだ。



ドラコはおもむろに腕を伸ばし自分のそばへと引き寄せようとして、凍りついた。

(……デカい……。しかも自分の手は普通の手じゃないし、指なんかどこにもないじゃないか。まったく!)

困ったぞという顔で、眉間にしわを寄せる。



手の先は丸くて、白いふわふわの毛に覆われているだけだ。

爪が伸びたり引っ込めたり出来ても、肉球があっても、それがいったいマジックを使う上で何の役に立つというのだろう?


でもそんな流暢なことを言ってる場合ではない。

(とりあえず、杖が必要なんだ。杖さえあればなんとかなるかもしれないし。――いや、なんとかしてみせる。絶対にだっ!)


ジャンプするとそれに飛びついた。

杖に爪を立てて持ち上げようとしても、長さがあまりにも長くて重い。


必死で掴もうにも丸いから、ゴロンと簡単に転がってしまう。

杖はゴロゴロと転がり、ドラコの手からすり抜けていくばかりだ。

やっと体全体で押さえつけても、丸太が転がっていくように横に滑っていってしまう。


「ああ、待て!動くな!逃げるな!」

命令口調で叫びながら、それでもドラコは必死でそれに食いついていく。

指さえあればそれを握りこむことが出来るのに、この猫の手ではどうしようもない。

しかも内側の肉球が飛び出ていて、ものすごく邪魔だった。


「この!この、このっ!!」

ドラコは杖といっしょに転がるように移動していく。

まるで相手をからかっているかのように、それはドラコの手をすり抜けていくばかりだ。



夢中になってその後を追っていくと、ふいにヒョイと自分のからだが宙に浮いた。
ドラコは驚き、手足をばたばたと動かした。

「ほらほら、ダメだよ。杖をおもちゃにしたりして。爪で引っかいて傷だらけにしたら、ロンが怒るよ。お下がりの杖だから、ただでさえ折れそうだってボヤいているのに」

ハリーは苦笑しつつ、相手をたしなめる。



「知るか!」
ドラコはまた吼えた。

しかし背中をつままれて、体が前後にブラブラと揺れ動く姿では格好がつかない。

毛皮だけが伸びて別に痛みは感じなかったけれども、なんとも情けない姿だ。


「離せ!離さないか」
叫べども、聞こえてくるのは「ニ゛ャッ、ニニャーーーーっ!」という猫語ばかりで、自分自身ですら自分の言葉が分らない。

自分はちゃんと言葉を話しているはずなのに、まったく意味不明でどうしようもなかった。

八つ当たり気味に、ハリーにもう一発ネコパンチをお見舞いしたくても距離が遠い。

遠すぎる。


悔しくてからだを前後にゆすって振り子のように動かし、一瞬ハリーに近づいたその瞬間に、相手の胴に思い切り蹴りを入れてやった。

一瞬だけ「うっ!」と詰まった声を出したけれど、ハリーは別段怒ったりもせずにご機嫌にドラコを引き寄せる。


「見た目はきれいで毛並みのいいのに、ものすごい凶暴だなぁ」

などと言いながら、また性懲りもなくドラコの上に手を伸ばしてきた。


シャキーン!と爪を伸ばし相手を引っかこうとしたのに、それをうまく交わしてドラコの頭の上に手を乗せて、指を使って撫ではじめた。


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