シリーズ小説
□【Noelシリーズ】
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【ラヴミーテンダー】
1.
暖かな日曜日の午後、ドラコはゆったりとリビングのソファーに座り、じっと出窓のほうを眺めていた。
ハリーはキッチンからカップをふたつ運んでくると、そのひとつをドラコに差し出す。
自分のマグは持ったまま、ドサリと隣に腰掛けた。
「いったい何を見ているの?」
ドラコは並々と注がれた紅茶に息を吹きかけ、少し冷まして口をつけ一口飲むと、満足そうにため息をつく。
「かわいいと思わないか、ハリー?」
ニッコリと微笑んだ。
もちろんその視線の先は恋人の自分ではなく、窓際の日差しを受けて心地よさそうに寝そべっている一匹の猫に注がれている。
ドラコはリラックスした極上の笑みを浮かべとても幸せそうだ。
目を細めつつカップをテーブルに置いたカチャリという音に、今まで眠っていた子猫はピクリと体を動かした。
細い手足を伸ばし、全身をプルプルと動かし、小さなあくびをひとつついて立ち上がる。
窓からしなやかにジャンプして飛び降りると、甘い声でドラコの足に擦り寄ってくる。
笑いながら抱き上げると、ひざに乗せて頭を撫でた。
子猫は気持ちよさそうに、ゴロゴロと喉を鳴らして答えてくる。
ノエルに指先をペロペロと舐められ、くすぐったそうにドラコは声を上げて笑った。
子猫はドラコに甘えることに夢中になっていて、ドラコは最初っから子猫に夢中だった。
ご機嫌な笑顔のまま子猫の頭といわず、首の下や背中、腹まで撫で始める。
マッサージするように、丁寧に指先を滑らし、爪で所々のポイントを掻いて刺激して、全身の毛を梳いていく。
ノエルは気持ちよさそうに、カラダをプルプルと振るわせた。
ドラコはふと思いついたように振り向き、ノエルにほほを摺り寄せたまま尋ねた。
「―――それで、本当にトコロはどうなんだ、ハリー?」
「えっ?……なにが?」
「だから、隠すなよ」
ハリーは質問の意味が分からず、カップを持ち固まったままだ。
「なにが?どういう意味なの?」
「だから、どこのキャットシェルターで見つけて連れて帰ったんだ?このノエルを」
「――えっ、猫の避難所から、ノエルを?――僕が?」
パチリと瞬きをする。
「そうだ。この猫を引き取るためにシェルターの窓口で承諾書にサインして、寄付金を渡してきたんだろ?ノエルは美人だ。寄付はちゃんとたんまり支払ったんだろうな」
ドラコは深くて青い瞳で尋ねてくる。
「いや、ちがうよ」
「嘘を言うなよ。ノエルが混血の猫なのは分かっているんだ」
「僕は本当に避難所から貰ってきたんじゃないから」
「別に怒っているんじゃないんだ、ハリー。確かに僕は生粋の純血主義だけど、ペットにまでそれを求めるほど愚かじゃない」
そう言ってノエルの頭から背中に向けて何度も撫でた。
「――いや、ホントにシェルターじゃないんだ」
あくまでも否定するハリーに、ドラコは顔を上げる。
「だったら、職場の同僚から分けてもらったのか?……それとも彼女がやってきたときかなり小さかったし、もしかして本当に道端に落ちていたのを拾って帰ったのか?雪が降っていた、あんな寒いイブの日だったのに?」
ドラコはクリスマスプレゼントされたノエルの出生の秘密が知りたくて、興味津々の態度で身を乗り出してくる。
ハリーは頭をかきながら、機嫌よくその問いに答えた。
「そんなんじゃないよ。ノエルはクルックシャンクスの子どもなんだ」
「…………クルックシャンクス?」
ドラコの両目が大きく開かれた。
「……まさか。変なことを言うなよ、ハリー。それは悪い冗談だ」
「冗談じゃないよ、本当の話だけど」
「まさか……」
固まったように絶句する。
ドラコは引きつった顔のまま、自分の腕の中の猫をじっと見つめた。
「……嘘だ。あの猫は赤毛だったじゃないか。しかも大柄で、この真っ白で小柄なノエルとまったく似ても似つかない」
「母親がきっと白猫だったんだよ。小柄なのはまだノエルは子猫だからね。でも、ほらこの鼻が低いところは、立派な遺伝だ。ノエルは頭がいいと褒めていたけど、それもクルックシャンクスに入っているニーズルの血を、彼女も受け継いでいるからだよ」
丁寧にハリーは答えた。
強く否定しガタンと音を立ててドラコは立ち上がった。
その弾みで子猫が膝から滑り落ちるが、ドラコはそれにすら気付いていない。
「……うそだ」
また否定する。
そうしてうつむいたドラコの両肩は震えはじめ、何度も「嘘だ」と否定した。
そのただならぬ様子にハリーは相手に近づき、肩に手を置こうとする。
「――どうしたの大丈夫、ドラコ?」
途端にその手は激しく振り払われてしまった。
「僕にさわるなっ!」
鋭い口調で睨みつけてくる。
その豹変した態度にハリーは戸惑った。
「本当にどうしたんだよ。君、変だよ?僕がなにか気に障ることでも言ったっけ」
ドラコは射るような視線を相手に向ける。
「……君は僕をだましたのか?」
予想だにしなかった言葉に、今度はハリーが驚き目を見開いた。
「――なんで、僕が君を?だますって、いったいどうして?」
意味がさっぱり分からない。
ドラコはそれ以は何も言わずに、口を硬く結んだままリビングを後にした。
猫はまた抱き上げてもらおうと擦り寄って来ようとしたが、ドラコは除けるように身をひねっただけで無視する。
その態度にハリーは激しく戸惑った。
あのドラコが溺愛しているノエルを無視することなど、今まで一度たりともなかったからだ。
「まてよ、ドラコ!」
追いすがってくる声を背に足早に廊下を駆け抜け、階段を上り、寝室に足を踏み入れると、おもむろに杖を取り出し強力な鍵の呪文をドアノブにかけた。
ガチャリという重々しい音が部屋に響く。
後を追ってきたハリーはそのドアを開けようとしてロックがかけられていることに愕然として、慌ててドアの向こうからドラコの名前を呼んだ。
「どうしちゃったんだよ、鍵までかけて。何か気に障ることをしたのなら謝るから、このドアを開けてくれよ。顔を見せてくれよ、――ドラコ」
ドアを何度もノックする。
つられるように猫の爪で引っかくような音とニャーニャーという泣き声も響いてきた。
ドラコはベッドに突っ伏すと、枕の中に頭をうずめ、耳をふさいだ。
――何も聞きたくはない。
『裏切られた』という思いだけで、頭がいっぱいになり、低い嗚咽が漏れた。
どんな言い訳も、謝りの言葉も聴きたくはなかった。
一段とドアを叩く音が大きくなってきた。ノブをガチャガチャと何度もまわし続けている。
「ドラコ!」「ドラコ!」と何度も心配気で不安そうな声が聞こえてきた。
たまらず、ドラコは目をギュッと瞑った。
「入ってくるなっ!あっちへ行け!」
鋭く突き放す言葉は震えていて、どこか掠れている。
必死の口調で相手が叫んでいるらしい。
「……ドラコ……」
ハリーはドアをノックする手を止めると、静まり返った廊下に、中から鼻をすする音が響いてきた。
泣き顔のドラコが脳裏に浮かぶ。
本当に泣いているかもしれない。
ドラコはプライドが高く、絶対に泣き顔など見せない性格だった。
……いくら強力な呪文をかけられたとしても、ハリーの持っている杖で破壊できないものなど、ひとつもない。
施錠された術を破り、ドアを開けて中に入ることなど、ハリーには簡単なことだったけれど、あえてそれをしなかった。
――鍵を下ろし閉じこもったドラコは、誰にも邪魔されず、ひとりになりたかったことが、ハリーにもよく分かったからだ。
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