短編小説
□*Over the Rainbow*
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ドラコははぁ……とため息をつく。
目に付いた石を蹴るとそれは勢いもなく転がり、ぬかるんだ水溜りにポチャンと落ちる。
立ち止まり、それをぼんやりと眺めた。
(あの頃と自分はちっとも変ってやしないじゃないか)
情けなさに唇を噛んだ。
目の前に広がる波紋を見詰め、やりきれない気持ちになる。
(たったあれだけのことで、こんなにも心が揺さぶられるなんて……)
いい大人なのに。
あれからもう何年、いっしょに付き合っていると思うんだ?
それなのにうまく感情のコントロールが出来ないなんて……。
相手のちょっとした態度だけで、石を投げ入れた水溜りのように心が揺らいでしまう。
じっと立ち尽くしていると、ふいに雨が止んだ。
自分の肩や髪を濡らした滴が落ちてこない。
目の前の生垣の緑は相変わらず雨に濡れているというのに。
ドラコは俯いたまま顔を上げようとはせずそのまま立ち続けていると、雨音は少し激しくなりまるで緩いシャワーのようだ。
霧のように舞い立つ雨の中、視界がぼやけてくる。
石畳みを雨水が低い場所へと幾筋も流れていくのを眺めたまま、それでもドラコはその場から動こうとはせずじっと立ち続けた。
10分かそれ以上たった頃、やっと口を開きポツリと告げる。
「……いつまでそうやって、僕の後ろで傘を差したまま立ち続けているつもりなんだ?」
「君がここから動くまで」
「ずっと動かなかったら、どうするんだ?」
「いっしょに動かない」
「じゃあ、僕が動いたらどうするんだ?」
「いっしょに付いて歩くよ。君が濡れるから」
「もう濡れているから、傘があってもなくても同じだ」
「でもあまり長い間濡れたままにしておくと、風邪を引くかもしれないから」
それだけ告げると、あとは何も言わなくなる。
(帰ろう)とも言わずに、ただじっと静かに佇んでいるだけだ。
いつもそういう風にハリーはドラコの考えを尊重し、優先してくれた。
そんな相手などハリー以外誰もいない。
自分には彼以外誰もいなかった。
(別れたら泣くのはきっと自分のほうだ……)
ドラコは唇を噛み、じっと立ち尽くす。
視界がぼやけて、揺れ動く。
ドラコの肩が不安定に震えているのに気付き、ハリーはそっとその肩を抱いた。
「―――ドラコ、大丈夫?」
穏やかな声で語りかける。
「……ハリー……」
と微かに唇が動いた。
「なに?」
濡れたままの瞳で見上げて、「何も見えない……」
とドラコが呟く。
「何も見えないんだ……」
不安そうに囁いた。
「当たり前だよ、そんなにレンズに雨粒をつけて。視界が滲んで曇って何も見えないのも、しょうがないよ」
少し笑って、ドラコのかけている眼鏡を外す。
「これでどう?」
雨が降っているその近くにハリーの顔があった。
黒くて癖の強い髪が濡れて少し長く伸び、緑の瞳は深い海のような色だ。
その瞳に映っているのは自分だけだ。
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