短編小説
□*Over the Rainbow*
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「―――いったいどうしたの、それは?!」
座っていた椅子ごと立ち上がり、それが倒れる派手な音が店内に響いたことにも気付かず、ハリーはドアから入ってきたばかりのドラコの顔を見詰めた。
ドラコは「少し遅れてすまなかったな」と謝りつつ、肩に付いた雨の滴を払う。
今まで差していた傘には撥水加工をしているのか少しも濡れていないのに、自分の着ている服には無頓着でそういう類の魔法は使っていなかったらしい。
傘も降り始めのときは広げずに本格的に降り出した後に差したらしく、肩や背中あたりが点々とシミのように濡れていて、グレーのコートのそこだけが深い色に染まっていた。
そのコートを脱ぎつつクロークに傘とともに預けると、ハリーのほうへと歩いてくる。
ふたりが午後待ち合わせをしたのは、通いなれた行きつけのカフェだった。
天上はガラス張りで、格子のはまった天窓からは天気がいい日には燦々と日差しが降り注ぎ、とても明るく居心地がいい店だ。
窓がいくつも設けられて、大きな葉を茂らせた観葉植物が何鉢も並べられている。
ツタが煉瓦の壁を這い、シダの葉が幾重にも垂れているここはさながら大きなサンルームのようだ。
「今日は天気が悪くて、ちょっと残念だな」
そう言いつつハリーが蹴り倒した椅子を直して、向かい合う席に座ろうとする。
と突然その手を握られた。
ハリーは身を寄せてまた同じ質問を繰り返した。
「どうしちゃったんだよ、ドラコ?」
「何が?」
「何がじゃないよ、その君のかけている眼鏡だよ!もちろん伊達だよね?度なんか入っていないレンズだよね?」
畳み掛けるように言い募る。
「いや、ちがう。ちゃんと視力補正が入っているレンズだ」
あっさりとドラコは否定した。
「えっ?ホントなの!」
と言いつつ、ハリーは手を離し頭を抱える。
相手のオーバーアクションにちょっと困った顔をしつつドラコは、ハリーの背を押して椅子に座らせ、自分も腰を降ろした。
差し出されたメニューを見て、ロースト・ポークのサンドイッチとオーガニックジュースを注文する。
ボーイが厨房へ去ると、
「ハリー?」
とドラコはうな垂れている相手に声をかけた。
ハリーはガバッと顔を上げると、辺りの視線も気にせずにドラコの手を握りこむ。
「いったいどうしちゃったんだよ、ドラコ?なんで眼鏡なんかかけているんだよ。なんで?」
「なんでって……。視力が落ちたからだ」
あっさりと答えると、
相手は「信じられない!」と首を振った。
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