短編小説

□*春雷*
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突然、無人になった絵の前で戸惑うハリーの後ろから、笑い声が響いた。

驚き振り返ると、ドラコが背を丸めて、口に手を当てて、咳き込むように笑い転げている。

「──いったい、どうしたんだ、マルフォイ?突然、笑い出したりして。何がそんなに、おかしいんだ?」
 意味が分からない表情で相手を見た。

「すごいな、あのスネイプ先生をあそこまで、追い詰めるなんて……」
「すごいって、何のこと言っているんだ?」

「だって、見事な褒め殺しじゃないか!犬猿の仲の君から、褒められて頭まで下げられたら、先生も驚くだろ。下手に怒ろうにも、相手が褒めてくるから怒るに怒れなくて、先生は困って慌てて、部屋から出て行ったじゃないか。──君はいつから、そんなに策略家になったんだ?闇祓いになって、性格も悪くなったのか?」

あまりにもおかしかったのか、にじみ出た涙を拭いながらも、まだクスクスと笑い続けている。

「──褒め殺しって……、そんなこと、考えてもいなかった。ただ思ったことを、そのまま言っただけだけどな。感謝も、尊敬も、そのまま言葉にして……」
面食らった表情で、首を傾げつつハリーは答えた。

「感謝?尊敬!──それは、君の本心からの言葉なのか?だったら、余計に始末に悪いな」
ククク……とドラコは笑った。

「いや、なかなかスネイプ先生の見たことがない表情を見せてもらって、楽しかったよ」と言いながら、ドラコは自分の前に広げられている、いくつもの魔法書や参考書や辞典などを、畳んで集め始める。

羊皮紙を巻こうとしたら、その一枚をハリーが引っ張り、つまみ上げた。
「なんだよ、これ?ものすごく、複雑な呪文が書いてあるじゃないか!さっぱり、意味が分からない。こんなことを、今、学校で習っているのか?」

驚いて声を上げるハリーの手元から、紙を奪い返すと、「まさか」とドラコが答える。

「これは僕がスネイプ先生から、直接習っていることだ」
「普通の授業は受けていないのか?今はまだ午後の授業中だろ。君だけ、特別授業なのか?」
揃えた本をトントンとひとつにまとめながら、当然のようにドラコは頷いた。

「七年生をダブって、もう一年やっているんだから、同じ授業を二回も習うなんて、無駄に決まっているだろ。だから、もっと上級の魔法を直接教わっているんだ」
「ほかの復学した生徒たちも、そうなのか?」
「それは人それぞれだ。戦争のあと戻っていない生徒も多くて、元スリザリン生のほとんどがここにはいない」

「君の周りにいた友人たちも?」
「ああ、パンジーはまだ、両親といっしょにアルゼンチンに移住したままだ。ゴイルやノットやザビニは、銘々別の学園に転校している」

感情のこもらない、サバサバとした素っ気ない態度で答えるドラコの口調が、とても早口なのが気にかかる。
まるで、必死で隠している彼の本心を吐露しているように見えたからだ。

罪を犯していなくても、結局ドラコはデスイーターの生き残りだった。
友人たちが散り散りに去った、ドラコのホグワーツでの復学後の生活は、ひどく孤独だったに違いないことが、ハリーにも容易に想像がつく。

口をギュッと引き結んだドラコの表情は、きつい瞳とよく似合ってはいたけれども、その横顔には、磁器のような硬質の固さと、壊れやすい危うさが漂っていた。
ドラコがこうしてひとりで、スネイプ先生から特別授業を自ら進んで受けているのも、何か別の意味があるのかもしれない。


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