短編小説

□ *マグカップ*
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ハリーは仕事が終わった木曜の夕刻、駅前のコーヒーショップへ入った。

通勤帰りの客も多く、とりあえず一息つこうとする人々に溢れ、店はかなりの混みようだった。


いつもの決まったコーヒーを注文すると、カップを持ったまま、空いている席に移動する。

いちいちウェイターに注文して運んできてくれる店が多い中、気軽に過ごすことが出来るこういう場所のほうが肩が凝らず、自分は気に入っていた。



午後6時半にドラコと待ち合わせをしていている。

腕時計を確認すると、かなり早く到着したらしい。

時間までノートパソコンで、プレゼン用の文章を打ち込みすることにした。

提出期日も迫っていることだし、早速カバンからそれを取り出すと、コーヒーをテーブルの端によけて電源を入れる。

低いモーターのうなる音と共に起動し、ハリーはめがねをクイと持ち上げると、その画面に集中し始めた。





約束した時間きっちりにドラコがやってくるのはいつものことなので、モニターの時計を確認して顔を上げると、案の定、眉間にトレードマークのようなシワを寄せて、不機嫌な顔で店に入ってくるのが見えた。


ハリーが軽く手を上げるとドラコは頷いてこちらへやってくる。

盛大にこれみよがしのため息をついた。


「どうしたの?」
キーボードから顔を上げて、気楽に尋ねる。

「コートさえ預からないのか、ここは?クロークすらない、こんな店で待ち合わせするなんて……」

ぶつくさ文句を言いつつ、自分でコートを脱いで、空いた椅子の背にそれをかけると、ドサリと向かいの席に腰掛けて、高く脚を組んで不機嫌なまま、あたりに視線を巡らせた。


「いつもこんな五月蝿い、人がゴチャゴチャの店で過ごしているのか?」

「たまにね。気楽なものだろ。誰もみんな他人のことなど、一切干渉しないし」

となりの派手な笑い声を上げているグループに、低いふたりの声はかき消されそうだ。


「テーブルとテーブルの間は狭いし、内装は安っぽい作りだな。それにボーイがいくら待ってもやって来ないぞ。どうなっているんだ?」

腕を組み、神経質そうな指先で自分のあごの辺りを叩いている。

ブルーグレーの瞳が細められて、益々気難しい表情になっても、ハリーは見慣れたものだ。


「ああ、ついでに言うとね、ここはセルフだよ。コーヒーはあっちのカウンターでオーダーして、自分が運ぶんだ」

「なっ!なんだって」
まさかという顔をしたドラコに、ハリーは悪戯するように言葉を続けた。


「わたしに召使の真似をさすつもりなのか?」

「メイド代わりとかじゃなくて、ここでは自分のことは自分でするのがルールなんだよ。ほら、さっさと行って、オーダーしておいでよ。そうじゃないと、100年待ってもここじゃあ一適も飲み物が飲めないからね」

憮然とした表情のままドラコは立ち上がり、カウンターに向かっていく。


スーツ姿のサラリーマンなんかここには掃いて捨てるほどいたけれど、ドラコほど浮いている存在はなかった。

仕立てのいい上質すぎるスーツに、肩まで伸ばした銀髪も手入れが行き届き、高級なシガーが似合いそうな指先で、いい大人がちょっと不安そうな顔でクイッド硬貨を握りしめているなんて。


ハリーはそのアンバランスさに苦笑する。

こういう場面を見れるから、ホグワーツを卒業したその後でも、彼との腐れ縁が続いているのかもしれない。



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