「ワトソン君。明日、私に付き合って欲しいんだ」


 雇い主の発言に、僕は耳を疑った。


 初夏の気配が漂う土曜日の、心地いい洗濯日和だった。上空に輝く太陽がまぶしい。
 こんな陽気に洗濯物を干すのはとても気分がいい。晴れ晴れとした天気につられてしまい、無意識に鼻歌まで歌ってしまうくらいに。
 だから後ろにベルさんが近づいている事に、僕は気付いていなかった。
 ノリノリ気分で作業をしている背後から、不意に視線を感じ振り向くと、いつの間にかそこにベルさんがいたので、僕は猛烈に肝を冷やした。
 いきなり僕が振り向いたのに驚いたのか、ベルさんも目を丸くして、口をパクパクさせている。
 少し思いつめた顔をしていたが、黙って様子を窺っていると一呼吸おいて、ベルさんが話し始めた。
「あの……、ワトソン君。えっと、ちょっといいかな?」
「あ、はい。なんでしょうか?」
 洗濯物を干しながら首だけ後ろに向けていた体勢をやめて、ベルさんと向かい合う形になる。
 だが、ベルさんは俯いたままモジモジしている。
 一体、いつから後ろに居たんだろうか。
 ベルさんの事だから用があっても、作業をしている僕の邪魔をしてしまうのを恐れて、中々声を掛けられずに居たんだろう。
 もしかしてずっと鼻歌を聴かれていたんだろうか。もしそうだとしたら、あまりにも恥ずかしすぎる。
 だが、ベルさんはそんな僕の動揺などまったく意に介さず、むしろ他の事に気をとられているようで僕に話しかけたものの、その先を続けても良いかどうか迷っているようだった。
 しばらく待っていたが、なかなか話を切り出さない。このままでは埒が明かないので、先を促す事にした。
「どうしたんですか?電話研究で何かあったんですか」
「いや、そうじゃないんだ。研究は全然関係なくて、個人的な事でなんだけど……。ああ、でも、ワトソン君の時間を私のために使わせるのは、申し訳ないなぁ……」
 ベルさんはまだ考えがまとまらない様で、最後は語尾が不明瞭になってしまっていた。
 僕としてはベルさんに頼られる事は何ら問題無いし、むしろ望むところなので非常に嬉しいのだけど、ベルさんはどうも僕に対して変なところで気を使う。かと思えば妙に強気になったりもするのだが。
 今回は前者の方らしい。個人的な事のようだからから余計に言い出しにくいのかもしれない。
「話してくださいよ、僕が力になれることならできる限り協力します!」
 僕は受け入れる気マンマンで答えてみせた。
 そして、僅かなためらいを見せた後、ベルさんの口から出たのが最初の言葉だったのだ。

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