塩話
□始まりの謡
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俺、「岩上逹瑯」と呼ばれる男は、今日も目線だけで彼を追う。
届かない。届けてはいけない
[始まりの謡]
白い肌。薄い唇。切れ長い眼。物憂気な表情−−−。
大学入学当初、ふらりと前を横切った”美人”は”男”だった。
俺にとっては至極自然な事だったが、世間的にはこれは不潔で汚らわしくて気違っているらしい。
前言訂正、俺が目を離せなくなった美人は”ノン気の男”だった。
クラスで配られた名簿から、さりげなく彼の名前を探す。
「矢口雅哲‥‥ミヤテツかな‥」
手に入れた数少なく貴重な情報を、何度も頭の中で反芻する。
こんなん、俺が今まで繰り返した”汚らわしい”数数の恋愛に比べたら、ささやかなもんだ。
そのまま消えてゆくどうしようも無いものには慣れている。
正直、自分自身が消えたくなる事も多い。
こんな俺でも友達は要領よく沢山できた。案外空気読むし面白いからね。いや、普通の大学生なんだよ。別に異端になりたくてなってる訳ぢゃ無い。ただ、男が女より好きなだけ‥。
「今日も来てっかな‥。案外律義だよな、毎日学校来てる。」
少し遅れて学校についた俺。顔と名前が一致しない友人達が一声かけながら通り過ぎて行く。
きょろきょろしながら歩くのはミヤテツを見つけるため。最近、煙草片手にサボっている彼をよく見かける。いつも一人だけど友達居ないンかな‥彼女がいるとか‥。
友達作りが特技な筈の俺が、最初の一声がかけられない。
ああ今日こそ、無理矢理偶然装ってでも、声かけてみよう。もう少し、近くで顔を見れたら、俺は満足だ。
「ぁ、居た‥‥ってちょっと!危なくない?!」
少し先にある白い橋。山の中の学校にあるそれは案外高い位置に架かってンだけど、その華奢な白い手摺りに、細っこい影がちょこんと座り煙草をふかしてる。
ああ、なんて危なっかしい!風に吹かれて落っこちるぞあれ!
一人。物憂気。定まらぬ視線で高い所にいるとなると、これはあんまりよろしく無いンぢゃねぇの?
気付く前に俺は小走りで彼に近付いていた。
「ミヤテツ‥!オイってば−!」
あ、思わず下の名前で呼ンぢまった‥。
「何してンの!死にてぇの‥!?」」
イヤホン付いてる。聞こえてねぇのか?
自然と速度と声量が上がる。
その時、す、とミヤテツが空を仰いだ。
不安定な手摺りから薄く腰を上げて。
ああ、まぢ墜ちちまう‥‥!
「ばっか、ミヤテツ!!!!!」
大声で名前を呼び、無我夢中で彼の体を橋へと引きずり落ろした。
っマヂで
「危っね!!まぢ落ちたら怪我ぢゃすまねぇよ、この高さ?!
何考えてンだよやめてくれよ、俺より先に死なないでよ、危ねぇ!」
「いや、お前は関係ない‥てか、誰?」
きょとん‥というか若干不機嫌な彼の体を抱えるようにして橋の上にへたりこむ。
ああ会話すらしてないでいきなり抱きついちまったもんな‥嫌われたなこれ。
うん、俺無関係だな‥そりゃ嫌な顔もされるよ。
「そだよね、御免、関係無いよね‥」
だけど落ちなくて良かった‥。
その一重瞼に見つめられて良かった。
‥っンで、こんなことすんの‥‥
「でもさ、こんな鳥とタヌキしか居ないような所で薨のうなんて悲しい事しないでよ‥‥」
そんなの、孤独すぎるよ‥‥。
「薨ぬならさ、中央線とかさ、もっと沢山人に迷惑かかるとこにしなよ?こんな淋しいところで‥‥あ!そうだ!俺が一緒に飛び降りてやるよっ。そしたらいいぢゃん!」
「ふっ!何お前それ!!面白いのなアンタ!」
あれ、何か笑ってくれたみたい。
ほら!笑うと超可愛いぢゃんっ
「アハハハ!!‥あっは!ひぃ、苦しぃ‥あははははっっ」
‥でもちょっと笑いすぎだろっ。
俺アレ結構本気なんですけど!
ちょっと、もう〜。
嗚呼でもレアな笑顔可愛いから許す!
「‥ミヤテツが笑ったの初めて見た。」
「あっはは、一人で笑ってたらそれこそ気違いだって!
てか”ミヤアキ”って誰だよっ。俺は”マサアキ”だよ、アハハハ!!」
「えっ?!あ、雅哲、そう読むんだ‥!名簿にフリガナ付いて無いからっ、ごめん」
「何で俺の名前、名簿で見てンだよっ!
まぢ面白ぇなっあはは」
「ぇ、何でって、いや、それは、あの、」
ああ名簿見てたとか言っちまった。ストーカーとか思われちまった?!いやいやいや落ち着け、俺は断じてストーカー的なアレとは違う‥おちつけー‥もちつけー‥ビークール、ビークールゥ‥‥
ってミヤテツ君笑いすぎだろぉぉ!!
「で、誰アンタ」
急に真顔恐っ!
「ま、まあいいぢゃんっ
ぢゃ、俺帰るからっ
ミヤアキも明日もちゃんと学校に来なよっ!生存確認するから!
くれぐれも中央線に飛び込むなよ!!
ぢゃ!」
「マサアキ!‥あんた誰っ」
「明日なぁ!ばいばーい!」
ああもう何か堪えられん!知らないけどすっげー照れた!!何でだよ俺!思春期か!!
俺は何故か尻尾を巻くようにして立ち去った。
嗚呼、でもちっこくて、色が、すげぇ白くて細くて‥ちゃんとご飯食べてンのかぁ?
やっぱ心配。目ぇ離せ無いぢゃん‥。
高く高く晴れた空を睨みながら、よく解ンねぇ涙を堪えた。
少しは、俺の事覚えてくれたかなぁ。
明日、学校来るの、待ってるから。
そんな始まりの日。