塩話
□始まりの唄
1ページ/1ページ
俺、「矢口雅哲」と呼ばれる男は、ウザったく晴れた青空を今日も睨み付けていた。
この空忘れたい。
[始まりの唄]
そう、唯なんとなく、入ってしまった東京の大学。
何にも考えず流されるようにして来てしまった此処は、東京とは思えない程に自然が豊か‥というか木と山と土と川しかなく、恐ろしくつまらない所だった。
タヌキとかいそう。
今日もきっと4−Aの教室では、禿散らかした中年男が浅知識をひけらかし、子供か大人か解ンねぇ奴らは一生懸命携帯ゲームに興じてる。
全く、高い金払ってこんなとこ来て、意味が解らない。
だけどそれすら聞きに行かず、学校迄来てわざわざサボって煙吸ってる俺は、此処ではもう最高に意味の無い人間だ。
桜も散りきり、始まったばかりの学校生活に、俺は早くも五月病先取りで‥嘘。年中鬱だけど‥‥今日は今年度最高値の鬱状態に襲われていた。
漠迦漠迦しくて友人一人作る気のしなかった俺はこんなとこにいても誰にも声はかけられず、きっと暗い奴か気の違えた奴に見えるンだろうな。
いや、誰もこんな地味な男なんて認識してないか。
下の方に小川が見える、白い橋の手摺りに座って、緑と青空、交互に眺めながら、iPodで死ぬ前に聞く一曲を選んでいた、つまらない俺。
ぁ、あれ今動いたのタヌキか?まぢか。
「「ミ−−‥!−!」」
♪♪−−♪−♪−
「「−!!‥‥ぇの‥!?」」
白いイヤホンの大音響に、なんかノイズが‥。
‥♪♪‥♪‥
あ、最期の一曲、決定。
不安定な手摺りから薄く腰を上げてみる。
ああ、まぢ墜ちれそ‥‥
「−−、ミヤテツ!!!!!」
聞いたこと無い声に、聞いたこと無い名前を呼ばれた時、
俺の体は大きくグラついた。
「危っね!!まぢ落ちたら怪我ぢゃすまねぇよ、この高さ?!
何考えてンだよやめてくれよ、俺より先に死なないでよ、危ねぇ!」
「いや、お前は関係ない‥てか、誰?」
やっとのチャンスをぶち壊し、俺の体を抱えるようにして橋の上に助けてくれてしまったのは、知らない男。
橋にへたりこみ、走ったのか肩で息をするそいつ。
黒い髪を襟足だけ赤に染め、小洒落た服に二重の目に饒舌な口、何て言うか、社交的な感じ。
ああ、お節介な奴がいたもんだ。
「そだよね、御免、関係無いよね‥」
何、その悲しげな表情。
だから誰だよ。
「でもさ、こんな鳥とタヌキしか居ないような所で薨のうなんて悲しい事しないでよ‥‥」
何だ、クサい説教なんかしても俺の心には1mmも響かねぇよ?
「薨ぬならさ、中央線とかさ、もっと沢山人に迷惑かかるとこにしなよ?こんな淋しいところで‥‥あ!そうだ!俺が一緒に飛び降りてやるよっ。そしたらいいぢゃん!」
「ふっ!何お前それ!!面白いのなアンタ!」
もうほんと、凄く久しぶりに笑った。
NHKみたいな説教垂れるンぢゃなかったのかよ!
終いにゃ一緒に薨ぬってなんだそれ!
見ず知らずの奴相手に、俺は溜まってたもん吐き出すみたいに笑い続けていた。
何故かこいつは、ぼうっ、とこっち見てるけど。
「‥ミヤテツが笑ったの初めて見た。」
「あっはは、一人で笑ってたらそれこそ気違いだって!
てか”ミヤテツ”って誰だよっ。俺は”マサアキ”だよ、アハハハ!!」
「えっ?!あ、雅哲、そう読むんだ‥!名簿にフリガナ付いて無いからっ、ごめん」
「何で俺の名前、名簿で見てンだよっ!
まぢ面白ぇなっあはは」
「ぇ、何でって、いや、それは、あの、」
目線を泳がせ、変な手振り身振りの絵に描いたようなシドロモドロな姿が可笑しくて、変なツボにはまった俺はまだ笑っていた。
ああ可笑しいまぢコイツ
「で、誰アンタ」
「ま、まあいいぢゃんっ
ぢゃ、俺帰るからっ
ミヤテツも明日もちゃんと学校に来なよっ!生存確認するから!
くれぐれも中央線に飛び込むなよ!!
ぢゃ!」
「マサアキ!‥あんた誰っ」
「明日なぁ!ばいばーい!」
俺を助けた変な奴は、嵐のように去っていった。
いやいや本当になんなんだ‥。
お節介なのかそっけないのかよく解らない。
立ち上がると背ぇ高いなぁなんて考えて家路を真っすぐ進む途中、気が付くと鼻唄なんか口ずさんでいた。
そいや、不本意だけど命の恩人だなぁ。
明日が昨日よりマシになった。
あいつとの出会い。