鉄の輪はからからと廻る。
近いのに遠い。
もう戻れない。
今すぐ泣きたい。
夕暮れ観覧車。





この世界は、変わり続けている。
変わらないものを探す方がきっと難しいくらいだと思う。
幼い日々を過ごした街並みは、鬱蒼と茂っていた木々を押しのけ。まるで天に届くかのように高いビル群になった。
古めかしくも愛着のあった駄菓子屋は、名前を読み上げるだけで舌を噛みそうなカフェになり、虫を追いかける子供の姿はなくなった。
そう。変わらないものなどないのだ。
建築物でさえ、時と共に姿を変えるのだから。それよりも不確かで目に見えない人の心など瞬くよりも簡単に変わるのかもしれない。

「長船」
「……はい」
「もうすぐてっぺんだって。観覧車の」

酷く穏やかな蓮さんの声が狭い空間に弾けて、思考に沈んでいた視界を引き上げる。目の前には懐かしそうに遥か眼下に広がる景色を見つめる横顔があった。

「知らない間に、街は変わった」
「ええ」
「前に見た景色と随分違う」
「そうですね」

覚えていたんですね。そう紡ぎかけた唇をきゅ、と結んでただ蓮さんの呟きを肯定した。
ずっと昔。もう十何年も前に一度だけ観覧車に乗った。それは俺にとってかけがえのない大切な記憶だ。
初めて好きになった人であるあなたとの。その思い出を壊したくなくて、俺は未だに他人と観覧車に乗った事はない。
あなたにとっては取るに足らないものでしかないと、知ってはいるけれど。

「なぁ、長船」
「はい」
「この世界に、変わらないものってあるんだろうか」

西日が差し込む。蓮さんは眩しくないのかじっと瞳を開いてこちらを見ている。
きいきいとゴンドラの連結部分が鳴っている。

「……どうなんでしょう。難しい、質問ですね」

変わらないものなどないのだ。
川のように絶えず流れ、海のようにうねる。街並みですら時代に合わせて変わってしまう。人間ならば、もっと。
呼吸をする間でさえ、同じものなどひとつだってない。産まれたその日から、細胞はすべて変わる。
髪も皮膚も爪も。……心も。
だけど、この世界には。変わらないものもある。
変わり続けるものばかりの中、端から見ればそれは愚かしいだけだとしても。
少なくとも、確かに変わらないと声に出来るものがひとつだけ、在る。

「ですが、どれだけ時を経ても変わらないモノもあると思います」

あなた以外の誰とも観覧車に乗らない俺のように。
己自身のどこかが、そんな自身を馬鹿げていると嘲笑していたとしても。
あなたを、これからも愛していくのだ。吐き出すこともないまま。立ち尽くしたままあなたを。
勝手に立てた誓いのようなそれを、俺は守り続けるのだ。

「てっぺんに着いたら、キスしようか」
「……え?」

蓮さんは突然にそんな脈絡のない言葉を吐いて俺の胸を人差し指で小さく叩く。

「変わらないものが確かに在るという証明に」


この想いに望みなどないのだと悟った。
浅はかな願いが叶うなら今すぐ戻りたい。無知だった頃に。幼い俺に差し出された蓮さんの手を掴んだあの日に。

俺は変われない。変わらずにあなたの側に居続ける。あなたがどこかの誰かを伴侶にするおぞましい瞬間も。
きっとあなたは、あの日から知っていたのだ。俺があなたを愛する事も。そこから抜け出せないくらいに臆病な事も。

「冗談でしょう」
「本気だよ」
「……残酷ですね」
「だけど、お前は変わらないだろう?」

俺はゆるく頭を振った。
天井のスピーカーからの合成音声が頂上に着いた事を無慈悲に告げる。


「ほら、着いた」


茜色に染まる蓮さんは、にっこりと微笑んで俺に向かって身を乗り出した。
まるであなたは神話に記された美しくも恐ろしい悪魔のようだと俺は思いながらも、少しずつ近付いてくる蓮さんの唇に見惚れる。
そんな自分が情けなくて、悲しい。


( 変われたら良かった )
( 触れてしまえば、苦しいだけだ )


戯れるようなキスの中、俺はただ与えられた刹那の夢に酔った。
それからゆるく抱きしめた体の熱さに、洩れそうになる嗚咽をひっそりと飲み込んだ。




鉄の輪はからからと廻る。
近いのに遠い。
もう戻れない。
今すぐ泣きたい。
夕暮れ観覧車。


『夕暮れ観覧車/joy』
2008.08.29
一縷


なんだかtitleは蘭と蓮の話ばかり。
本当はこれ、甘めのお題だったのですが出来上がったのは報われない恋でした。
幸せにしてあげたい二人ですが、何故か上手く行きません。
最初の文字が浮かんでなんとなく続けたらこんな塩梅に。
これは単発なので、他の話とは関係ありません。
しかし脈絡なく観覧車に乗る二人は不自然だ。





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