◆キリ番の作品

□一万Hit記念部屋
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君がいた夏


 生温い風が、開けっ放しの窓から僅かに薄いカーテンを揺らす。
 窓の外は夜も更けて久しいというのに、色とりどりの明かりに照らされていた。

「お祭りみたいだ」

 宿の窓から通りを見下ろすアレクシアに、時折通りを行く人が声をかけてくる。それは女だったり男だったり様々だが、一夜の恋を提供しようという一点においては変わりない。
 それらを適当にあしらえるようになったあたり、慣れたものだと自分に呆れてしまう。

「ここはいつもこんならしいわよ」

 何も今夜が特別だというわけではないのだと、リリアは面白くもなさそうに訛吹いた。
 勢いをつけてベッドから飛び下りると、ぴたりと肩をくっつけて、アレクシアの隣に並ぶ。
 薄い夜着の裾を気にする事なく、窓枠から身を乗り出して闇に目を懲らすリリアに、アレクシアはくすりと相好を崩した。

「ナニヨ」

 鼻の頭にシワを寄せるリリアに、アレクシアはくすくすと笑い続ける。

「別に。いた?」
「だから何が」

 リリアの不機嫌の原因は、セイの不在だとアレクシアには見当がついている。
 アッサラームに来るといつも、セイは何のかんのと理由を付けて一人でどこかへ消えてしまう。
 未明に戻れば早い方で、長いときは昼近くまで戻ってこない。
 旅の中で手に入れた様々な物と引き換えに、アッサラームでしか手に入らないような珍しい薬や香草、装備備品を手に戻ってくるから、ただ遊んでいるわけではなさそうなのだが、嗅ぎ慣れない煙草や香水の香を纏って戻ってくるのも事実であって、アレクシアやリリアに言いたくない所に出入りしているのは容易に想像出来た。
 どちらかといえば男女の機微に疎いアレクシアでも、リリアがセイを気にかけていることはわかる。
 ぷいと横を向いてしまったリリアをくすくすと笑いながら、アレクシアは「素直じゃないんだから」と呟いた。

「誰が…っ」

 ぴゅ

 甲高く響いた口笛に、リリアの抗議も止む。端から見たら、喧嘩しているカップルに見えないこともない。そしてここアッサラームは、一夜の恋を演出する街だ。
 アレクシアはぐいっとリリアを抱き寄せて、通りで口笛を吹いた男にニヤリと笑って見せた。男は肩を竦めて「仲良くな」と手を振って去っていく。

「めんどくさい街だなぁ…」

 溜息をついたアレクシアに抱かれたまま、リリアは半眼でアレクシアを睨む。

「めんどくさいのはアンタよ」
「なんで?」

 殊更低い声音を作って聞いてくる。これはもうふざけているとしか思えない。

「ねぇ?」

 目を細めて笑う表情に、艶のようなものすら感じられて、リリアはぼっと頬を染めた。
 物心着いてから男の振りをしてきたというから、アレクシアの男装は板に付いている。初対面でリリアが男と間違えたくらいだし、街中でアレクシアを女だと言い当てる人はまずいない。
 一度は男として意識した相手に、こんな風に接近されて平気でいられる程リリアの神経は太くなかったらしい。

「もうっ!」

 くすくす笑うアレクシアを押しやって、リリアはベッドに座り直した。

(ホント、質悪いったら)

 どきりとするほど男らしく振る舞うかと思えば、無垢な少女の一面を見せたりもする。そんな素の一面を見せてくれるのは、気を許してくれている証拠だと嬉しくも思う。
 とはいえ、わざと男の振りをして人をからかう時のアレクシアは兇悪だ。

(これで男だったらほんと、文句なしなのに)

 向かいのベッドに腰掛けるアレクシアを目で追いながら、リリアはふとあることに思い至る。

「ねえ」
「ん?」

 明日着て行く服を枕元に畳んでいる姿等は、躾の行き届いた普通の娘に見える。

「アルはいつから男の子の振りしてんの?」

 アレクシアは作業の手を止めてリリアを見た。いくつか瞬きして、やがてにこりと笑う。

「よく覚えてないけど、基礎学課が始まるくらいじゃないかな」
「ふぅん」

 必ずしも何歳で学校に通わねばならないという決まりがある訳じゃなし、大きな街に行かなければ学校すらない。ましてある程度の家庭に生まれなければ誕生日の概念すらないわけで、自分が何歳なのかをしっかり把握している人間はあまり多くない。アレクシアの場合は、アリアハン一の勇者オルテガの子供というくらいだから、そんな事もないだろうが。

「セイやディクトールは知ってたの?」
「知ってたよ。セイは家が近いからね。男の振りをする前から遊んでた。ただあいつは男とか女とか、気にしてなかったんじゃないかな」
「ディは?」

 意味深な笑みを浮かべて問うリリアに、アレクシアは一瞬困った顔をした。その僅かな表情の変化に、気付かないリリア様ではない。
 付き合いの浅いリリアでも気付く事を、聡いアレクシアが気付いていない訳がない。アレクシアも、知っているのだ。ディクトールの気持ちを。

「ディと仲良くなった時には、もう男装をしてたんだけどね。やっぱり知ってたよ」
「ふぅん」

 こんな風に昔の話をするアレクシアは珍しい。勿論リリアが促している訳だが。
 リリアは興味深げに瞳を輝かせ、身を乗り出した。

「ね、もっと話して? アル達は小さい時何してた? どんな子供だったの?」
「どんな、って…。普通だよ?」

 肩を竦めるアレクシアに、リリアは頬を膨らませて抗議する。

「もう! ちゃんと聞きたいの!」

 細い両手を振り回し、出鱈目に繰り出される拳を受け止める振りをしながら、アレクシアは「わかった、わかった。話すから止めて」と笑う。幾つかぽくぽくと肩を叩いたが、お互い本気ではないので痛くはない。

 居住まいを正したリリアのきらきらと輝く赤い瞳に、アレクシアはどうしたものかと苦笑しながらも話始めた。




 アリアハンの長い夏には、夏休みが存在する。
 大人達の兵役が挟まる為、教師陣が足りなくなるというのが正しい理由だが、子供達には知ったことではない。
 まるまる一ヶ月の長い休みを、子供達は家の手伝いの合間、思い思いの菓子を持ち寄って遊ぶ。
 路地ごとの勢力争いなんかもあって、夏のアリアハンは騒々しい。
 街の西区と南の教会区は、アレクシアが11歳の時に一大勢力となった。
 たんに教会区の子供が減った為で、教会のディクトールと西区のがき大将セイが友達だったからなのだが、東区の子供達には脅威であったようだ。
 街で一番大きな広場の翌年の使用権を巡って、夏の終わりに一度、子供達は会戦をする。
 スポーツの名を借りた喧嘩である。
 大会の前から、ちょくちょく小競り合いや妨害工作が行われる。それを突破できた者だけが、本戦に参加できるのだ。
 剣術道場に通う子供は何人かいたが、アレクシアとセイは別格だ。
 しつこい妨害もものともせず、当然本戦でも格の違いを見せ付けた。
 西区は今年に引き続き、翌年の遊び場も確保したのであった。
 因みにこの喧嘩、12歳までの初等教育課程の者しか参加できないルールになっている。もう少し細かくいうと、10〜12歳の子供に限られた。それは暗黙のルールだった。だからセイとディクトールは、来年はこの喧嘩騒ぎを傍観する立場になる。アレクシアもセイの付き合いで参加していたようなものだから、今年を最後にするつもりだ。
 最後の祭を後に、アレクシア達は幼いなりの感慨を覚えていた。

 年少者を年長者達が家まで送り、残った数名が広場で夕日を眺めている。今年で広場を卒業する12歳の子供達。これには西区も東区も関係ない。

「なぁ」

 擦り傷だらけの顔を擦って、東区のがき大将ダグラスがアレクシアに言った。

「おまえ、次は何科に行くんだ?」

 アレクシアは少し考えて、少年を見た。
 周りでは、好奇と期待の目で仲間達がアレクシアを見ているのだが、それには気付かない振りをする。

「魔法学科へ進むつもりだ」
「あんなに強いのにか?」

 少年を含めた東区の子供が何人か、驚きの声を上げた。アレクシアは当然のように士官養成科を受けると思われていたからだ。

「道場には通うよ。魔法はきちんと習わないと。わからないから」
「セイは?」

 ならばおまえはどうするのだと、別の子供が聞いた。
 アレクシアとセイは、ある意味ワンセットだと、皆が思っていたからだ。

「俺は商業科へ行く」
「勇者になるんじゃなかったのか?」

 これにも少年は驚いた顔をした。
 セイは肩を竦める。

「勇者になるには魔法を使えないとだめなんだろ? 俺、魔法学嫌いだし」
「シアは勇者になりたいのか?」
 ダグラスはいつも、いつでも、アレクシアを女の子扱いする。他の子のように、男名前では決して呼ばない。剣で負けた今でも。
 アレクシアは苦笑して、一つ年上の幼なじみをを見上げた。

「まだ″女の癖に″って言うつもりか?」

 少年は言葉に詰まる。
 アレクシアを女の癖にとなじるのは、彼女を好きだからだなんて口が裂けても言えない。

「僕は、別に勇者になりたいわけじゃない。ただ、父さんのようにはなれたらいいなとは思ってる。だから今のうちに、やれることはやっておきたいんだ」

 ここにいる全員が、勇者オルテガの偉業を、遺児アレクシアが16歳で旅立つことを、知っていた。

「ダグは?」
「え?」
「おまえはどうするんだよ?」

 ダグラスは、何事か口を開きかけ、またつぐんむ。
 おまえを守るために強くなりたいだなんて言えない。アレクシアの背中には、セイが着いてまわっていたのだし。

「俺は士官養成科を受ける」

 そして旅立つおまえの力になりたい。少しでも。

「そうか。頑張れよ」
「おう」

 アレクシアはニヤリと笑い、ダグラスの拳にこつんと拳をぶつけた。
 男の子同士の激励の挨拶だった。



 4年後、士官候補生として警備隊に加わったダグラスは、アリアハンを旅立つアレクシアに激励の手紙を送っている。
 そこには短くただ一言「旅の達成と無事を祈る」とだけ記されていた。




「なによ。その子とのロマンスを期待してたあたしの立場はどうなるのよ?」
「知らないよ。そんなの」

 投げ付けられた枕を受け止め、アレクシアが笑う。

「結局あんたたちは十何年もぐだぐだと同じ関係を続けてるってわけね!?」
「そうでもないよ?」
「どこらへんが?」

 不満そうに不機嫌そうに半眼で睨み付けてくるリリアに、アレクシアはにこりと輝かんばかりの笑顔を向けた。

「今はリリアがいるもの」

 リリアは一瞬息を止めてアレクシアを見つめ、大袈裟にため息をついて肩を竦めた。
 殺し文句かもしれない台詞を、同姓に言ってどうするのか。そしてそれにドキリとしてしまった自分をどうしてくれるのか。

「ああー! もうっ!」

 頭をぐしゃぐしゃ掻き回して、リリアは不夜城の空に吠えた。



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