◆キリ番の作品
□ときめきのキリリク
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■彼女の友達
おれ、真壁俊が苦手なもの。
古典、英語、微分・積分、化学、物理、世界史
etc…
お勉強、てヤツが苦手だ。ろくにガッコなんか行ってなかったんだから、急に分かれったって無理だって。親の手前、高校くらいは出ようと思ってたけど、プロ目指すなら本当は学生やってる時間はないんだよな。
今俺が学生やる意味はこいつ。
目の前で嬉しそうにあんパン食ってるコイツのせいだ。
「ん?」
もぐもぐしながら小首を傾げる。あー! もうかわいいなコン畜生!
「なぁに? 真壁くん」
小さな頭を抱きしめてぐりぐりほお擦りしてやりたいところだが、ぐっと堪えて、意地悪な笑みを作る。
「太るぞ」
「ひ、ひどーい!」
「ははは」
ぷっと膨らんだ頬に触れようと手を…やめた。人の気配を感じたからだ。これは…あいつか。
「ひっどーい真壁君」
いつから聞いてやがった。
「蘭世ちゃんは全然太ってないよ。かわいいよ! ねっ?」
おれは思わず頷きかけて、咳ばらいでごまかした。ニヤ〜と嫌な顔で笑う女。
「へへー、らーんぜちゃん♪」
おい、ひっつくな。
富樫は江藤の隣に擦り寄ってにこにこしている。その笑顔が不気味だ。
「なぁに? あ、わたし遅れてる? 梢ちゃん、迎えに来てくれたの? ごめん、真壁くん。わたし班の子達と打ち合わせがあるの」
慌てた様子で空になった弁当箱をテキパキ片付ける江藤を、おれと富樫は多分同じ顔して見てたと思う。
「蘭世ちゃんて何て言うか、いい奥さんになりそうだよね〜」
「ややややだ梢ちゃんたら」
赤くなった頬をおさえ、俺を見て更にじたばたしているこいつが、何を考えているのか手にとるようだ。読むまでもない。
「お代官様、顔がにやけてますぜ」
うるせえよ。越後屋。
にやけていたらしい口元を抑える。
江藤は空想の世界に旅立ってしまったようで、でかい独り言が聞こえてくる。たまに、本当に耳で聞いているのか区別がつかなくなるからやっかいだ。うっかり返事をして、何度責められたか知れない。
まぁ、それはともかく。
江藤よ。手元がお留守だが…
ガランガラン
「きゃっ」
思った通り、重ねていた容器をばらまく江藤。しょうがねーなぁ…
「うわぁん」
お約束なヤツ。
逆に完璧で隙のないコイツなんか、らしくないんだけどな。
(たまらん! くぅぅっ! 可愛すぎる!!)
!!
なんだ!?
おれ、じゃないよな?
顔を覆ってジタンダ踏んでる富樫の声だ。こいつも江藤に劣らず独り言がでかい。
強すぎる思念はフィルターを擦り抜けてしまうのだ。おれもまだまだニンゲンになりきれてないらしい。いかんな。
(も、マジ嫁に欲しい!)
「をいっ」
思わず突っ込んでいた。
富樫はびっくりした顔でおれを見たが、ぺろりと舌を出して照れ笑いを浮かべる。
ったく、何考えてるんだこの女は。
「いいよ。おれがやっとく。おまえは行け」
「え…でも…」
逡巡する江藤の手から、弁当箱を取り上げる。クラスの奴らに対して、こいつがいらん負い目を感じる方が嫌だ。
「いいから」
「う、うん。それじゃあ行くね。ごめんね、真壁くん」
にんまりしている富樫ともども、早く行けと手をふる。
それでもすまなそうにおれを見上げてくる江藤の髪を、いつものようにぽんぽんと撫でてやる。
「行ってこいって」
ふわりと微笑んで、江藤は頷いた。富樫がにたりといや〜な笑いを浮かべていたが、見なかった事にする。
神谷は神谷でうっとうしいが、こいつも別の意味でうっとうしい。
弁当箱を片付けているうちに、予鈴がなる。
午後は…古典か…
腹も満たされた温かい秋の午後、実技以外は何だって眠くなる。教室で寝ようが屋上で寝ようが同じ事だ。
ごろんと横になったおれは、人の気配に直ぐさま昼寝を中断された。
ち、めんどくせー
上体だけ起こして、気配のほうを見る。
「あ、あの、真壁君。ちょっといい?」
数人の女を従えた小柄な女。顔も名前も知らない彼女の申し出を、おれは不機嫌に聞いていた。
こういうのが面倒だから、中学のおれはつっぱってたんじゃなかったか?
「悪いけど、他当たってくれ」
「どうして? 結衣の事キライ?」
おれは思わずこけそうになった。
嫌いも何も、しらねぇし。
あー、もう、面倒臭っ!
「とにかく、あんたと一緒には回れない。んじゃ、授業始まるから」
少女達の脇を抜けて階段を下りる。
力をセーブするのも時には問題かもしれない。
教室に戻る気にはなれなくて、おれの頭は昼寝出来そうな場所を探していた。だから背後で渦巻く少女の感情に、おれは全く気付かなかった。
日が陰って急に気温が下がったおかげで目が覚める。5現をさぼった勢いで、放課後までたっぷり寝てしまったらしい。うーん、そろそろ出席日数がやばいかもしれんな。
ま、やっちまったもんは仕方ない。帰るか。
欠伸を噛み殺しながら教室に戻る。廊下は人影もまばらだ。
江藤が探してるかもなぁ…
とりあえず自分の鞄を回収。そこに小さなメモを見つけた。
『真壁くんへ
学食で班の子たちと打ち合わせをしてきます。
遅くなりそうだったら、先に帰ってください。
P.S 授業サボったでしょ〜
疲れてるの?
バイト、無理しないでネ
蘭世より』
あいつらしい…
メモを折り畳んで胸ポケットへ。
帰れ、って言われてもなぁ…
まだそう遅い時間でもないし、待っててやるか。
学食に向かう途中あいつの教室も通れば、すれ違うこともないだろう。多分。
いざとなったら「探す」し。
そんな事を考えていたら、探すまでもなくあいつは見つかった。自分の教室の前で一瞬立ち止まり、そのまま走り去る。胸を突く悲しみや嫉妬といった負の感情に、おれは軽く目眩を覚え、すぐにあいつを追い掛ける事が出来ない。
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