◆キリ番の作品

□ときめきのキリリク
4ページ/60ページ

■彼女の友達


 おれ、真壁俊が苦手なもの。
 古典、英語、微分・積分、化学、物理、世界史
etc…
 お勉強、てヤツが苦手だ。ろくにガッコなんか行ってなかったんだから、急に分かれったって無理だって。親の手前、高校くらいは出ようと思ってたけど、プロ目指すなら本当は学生やってる時間はないんだよな。
 今俺が学生やる意味はこいつ。
 目の前で嬉しそうにあんパン食ってるコイツのせいだ。

「ん?」

 もぐもぐしながら小首を傾げる。あー! もうかわいいなコン畜生!

「なぁに? 真壁くん」

 小さな頭を抱きしめてぐりぐりほお擦りしてやりたいところだが、ぐっと堪えて、意地悪な笑みを作る。

「太るぞ」
「ひ、ひどーい!」
「ははは」

 ぷっと膨らんだ頬に触れようと手を…やめた。人の気配を感じたからだ。これは…あいつか。

「ひっどーい真壁君」

 いつから聞いてやがった。

「蘭世ちゃんは全然太ってないよ。かわいいよ! ねっ?」

 おれは思わず頷きかけて、咳ばらいでごまかした。ニヤ〜と嫌な顔で笑う女。

「へへー、らーんぜちゃん♪」

 おい、ひっつくな。
 富樫は江藤の隣に擦り寄ってにこにこしている。その笑顔が不気味だ。

「なぁに? あ、わたし遅れてる? 梢ちゃん、迎えに来てくれたの? ごめん、真壁くん。わたし班の子達と打ち合わせがあるの」

 慌てた様子で空になった弁当箱をテキパキ片付ける江藤を、おれと富樫は多分同じ顔して見てたと思う。

「蘭世ちゃんて何て言うか、いい奥さんになりそうだよね〜」
「ややややだ梢ちゃんたら」

 赤くなった頬をおさえ、俺を見て更にじたばたしているこいつが、何を考えているのか手にとるようだ。読むまでもない。

「お代官様、顔がにやけてますぜ」

 うるせえよ。越後屋。
 にやけていたらしい口元を抑える。
 江藤は空想の世界に旅立ってしまったようで、でかい独り言が聞こえてくる。たまに、本当に耳で聞いているのか区別がつかなくなるからやっかいだ。うっかり返事をして、何度責められたか知れない。
 まぁ、それはともかく。
 江藤よ。手元がお留守だが…

ガランガラン

「きゃっ」

 思った通り、重ねていた容器をばらまく江藤。しょうがねーなぁ…

「うわぁん」

 お約束なヤツ。
 逆に完璧で隙のないコイツなんか、らしくないんだけどな。

(たまらん! くぅぅっ! 可愛すぎる!!)

 !!
 なんだ!?
 おれ、じゃないよな?
 顔を覆ってジタンダ踏んでる富樫の声だ。こいつも江藤に劣らず独り言がでかい。
 強すぎる思念はフィルターを擦り抜けてしまうのだ。おれもまだまだニンゲンになりきれてないらしい。いかんな。

(も、マジ嫁に欲しい!)

「をいっ」

 思わず突っ込んでいた。
 富樫はびっくりした顔でおれを見たが、ぺろりと舌を出して照れ笑いを浮かべる。
 ったく、何考えてるんだこの女は。

「いいよ。おれがやっとく。おまえは行け」
「え…でも…」

 逡巡する江藤の手から、弁当箱を取り上げる。クラスの奴らに対して、こいつがいらん負い目を感じる方が嫌だ。

「いいから」
「う、うん。それじゃあ行くね。ごめんね、真壁くん」

 にんまりしている富樫ともども、早く行けと手をふる。
 それでもすまなそうにおれを見上げてくる江藤の髪を、いつものようにぽんぽんと撫でてやる。

「行ってこいって」

 ふわりと微笑んで、江藤は頷いた。富樫がにたりといや〜な笑いを浮かべていたが、見なかった事にする。
 神谷は神谷でうっとうしいが、こいつも別の意味でうっとうしい。

 弁当箱を片付けているうちに、予鈴がなる。
 午後は…古典か…
 腹も満たされた温かい秋の午後、実技以外は何だって眠くなる。教室で寝ようが屋上で寝ようが同じ事だ。
 ごろんと横になったおれは、人の気配に直ぐさま昼寝を中断された。
 ち、めんどくせー
 上体だけ起こして、気配のほうを見る。

「あ、あの、真壁君。ちょっといい?」

 数人の女を従えた小柄な女。顔も名前も知らない彼女の申し出を、おれは不機嫌に聞いていた。
 こういうのが面倒だから、中学のおれはつっぱってたんじゃなかったか?

「悪いけど、他当たってくれ」
「どうして? 結衣の事キライ?」

 おれは思わずこけそうになった。
 嫌いも何も、しらねぇし。
 あー、もう、面倒臭っ!

「とにかく、あんたと一緒には回れない。んじゃ、授業始まるから」

 少女達の脇を抜けて階段を下りる。
 力をセーブするのも時には問題かもしれない。
 教室に戻る気にはなれなくて、おれの頭は昼寝出来そうな場所を探していた。だから背後で渦巻く少女の感情に、おれは全く気付かなかった。



 日が陰って急に気温が下がったおかげで目が覚める。5現をさぼった勢いで、放課後までたっぷり寝てしまったらしい。うーん、そろそろ出席日数がやばいかもしれんな。
 ま、やっちまったもんは仕方ない。帰るか。
 欠伸を噛み殺しながら教室に戻る。廊下は人影もまばらだ。
 江藤が探してるかもなぁ…
 とりあえず自分の鞄を回収。そこに小さなメモを見つけた。

『真壁くんへ
 学食で班の子たちと打ち合わせをしてきます。
 遅くなりそうだったら、先に帰ってください。

P.S 授業サボったでしょ〜
  疲れてるの?
  バイト、無理しないでネ

      蘭世より』


 あいつらしい…
 メモを折り畳んで胸ポケットへ。
 帰れ、って言われてもなぁ…
 まだそう遅い時間でもないし、待っててやるか。
 学食に向かう途中あいつの教室も通れば、すれ違うこともないだろう。多分。
 いざとなったら「探す」し。
 そんな事を考えていたら、探すまでもなくあいつは見つかった。自分の教室の前で一瞬立ち止まり、そのまま走り去る。胸を突く悲しみや嫉妬といった負の感情に、おれは軽く目眩を覚え、すぐにあいつを追い掛ける事が出来ない。


→次のページに続く
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ