◆キリ番の作品
□ときめきのキリリク
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望×椎でリクエスト
悲劇で終わらぬ昔話を
※短編集だと思って読んでください(;^_^A
※設定は個人的な想像です。
覚書:モーリとシーラは116歳差。シーラとレドルフは約100歳差。モ>シ>レ≒タ
<貴族の娘>
シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」のような恋物語をしてみたい?
燃え上がる恋は、自身の身さえ焼き滅ぼしてしまう。そんな恋に何の意味があるの?
一時の感情に流されて、結局は自分も家族も傷付ける。誰も幸せになんかなれはしない。
選ばれし民たる自覚を持って、より良い血筋を子孫に遺すために、親の決めた相手との婚姻を結ぶ。
何度も何度も、自分に言い聞かせた。
理性では、それが正しいことだとわかっているのに、感情がそれを否定する。心が悲鳴を上げて、血を吹き出しながらただ一つの恋を欲してる。
シーラは数いる魔界人の中でも、数少ない純潔の狼人間。それも長たる銀狼の家に生まれた。
一族を束ねる責任ある立場としての行動が求められたし、将来は王家に嫁ぐ身として大切に厳格に育てられた。
婚約者である王子様とは、舞踏会等で何度か会話した程度の顔見知り。印象としては、我が儘で傍若無人な乱暴者。要は好きになれそうなタイプではない。
好きなタイプといえば…
物静かで、理性的で、口数は少ないけれど知識と知性に溢れた、大人で落ち着いた人。
穏やかに、包み込んでくれるような…
漆黒の髪と白い肌のギャップが美しくて、はしたなくも見とれてしまった。
次はいつ、会えるかしら…?
気付けばいつも、その人のことばかりを考えている。
正式な婚約までに仕上げねばならない衣装の刺繍は、あれ以来全く進まなくなった。
<王子>
子供の頃に森で出会った娘が、今でも忘れられないのかも知れない。
近付いてくる女は何人もいたが、どれも興味がなかった。
父王の在位が150年近くなった頃、しきたりに従い婚約者を迎える。
王家にだけ許された異種族婚。それは、強い魔力を支えるには肉体的に弱い王族の肉体改造に必要な処置であり、また王家の優位性を他に示すものだった。
こんどの王子に迎えられるのは、順番からして獣の部族のいずれかの一族から迎えられるだろう。
王子の母親は、雷の精霊で、純粋な肉体の強さとしては弱い部類に入ったから。
最有力候補は銀狼のクレリー家の姫だ。
王子個人としては、あまり興味もない。誰が妻になっても変わらないと思っている。
あの、幼い頃に出会った小気味よい程にものを言う娘に比べたら、貴族の娘など誰でも一緒だ。なんの面白みもない。
父王の在位が200年になったら王位を継ぎ、200年間魔界を支えた後に次代にその役目を引き継ぐ。ただそれだけが、魔界の王家に生まれた王子に課せられた使命。決まり切った一生だ。
王は、比類ない魔力を持つが、玉座に就いたその時から、その魔力は世界の維持の為に否応なく吸い取られる。
王位に就かなかった王族も、他の魔界人に比べれば長寿であったとしても、俗にギフト持ちと言われる純粋な狼人間や吸血鬼に比べれば短命だ。彼等と違って王族は定命の存在であったから。
魔界人を殺すには、より強力な魔力を以って、その魔界人の消滅を願わねばならず、為に王族を弑るのはほぼ不可能と言ってよい。けれど王族は、個人差はあれど千年は生きない。肉体が、強すぎる魔力に耐え切れないからだ。一般の魔界人は、魔力の枯渇と共に老いてゆくが、王族はその逆というわけだ。
ともかくも、現王のたった一人の子供であるレドルフには、王として魔界の為に生きていくだけの人生が決定づけられていた。
生来奔放な性格の彼には、それを素直に受け入れることが出来なかったのだろう。彼は決して出来のいい王子ではなかった。その証拠に、その日も彼は、城での講義を抜け出して、森の中をぶらついていたのだから。
城の東の森は、魔女達の領域だ。王家お抱えの魔女も、この森に居を構えている。見付かれば強制送還だが、あの偏屈婆が庵の外を出歩いているとも思えなかった。
木々の間を縫って馬を走らせる。やがて景色は一変し、花咲く湖岸に行き着くのだ。そこは王子の憩いの場所で、王子にしてみれば王子だけの秘密の場所だった。
歌が、聞こえた。
綺麗な優しい旋律。
誘われるように音を辿ると、花咲く湖岸に、一人の娘が座っていた。
自分だけの秘密の場所に誰かがいた不快感よりも、その優しい歌に注意を持って行かれる。
無意識に娘に近づいていた王子は、無遠慮に娘の側に腰を降ろしていた。
「どうした。何故歌うのをやめる」
自分の存在が彼女を驚かせたとか、その為に歌声が止んだのだということには考えが及ばない王子である。
「歌が聞きたい。続けろ」
傍若無人な物言いにも関わらず、娘はにこりと微笑んだ。
「殿下の御意のままに」
子守歌のように優しい調べに王子はうとうとと眠りにつく。幼子をあやすように王子の頭を撫でながら、娘は歌い続けた。
名も聞かぬままに別れて、けれど二人はそこでの逢瀬を重ねた。
ある日王子は娘に名と身分を明かし、娘は深刻そうに当たり前の告白をした王子を笑った。
勢いよく噴き出した娘に、王子は狼狽し、憤慨する。
「な、何故笑うっ」
「あなたの恰好を見て、王子と気付かぬ魔界人はおりません。それにわたくし、始めてお会いした時からずっと、あなた様を『殿下』とお呼びしていたでしょう?」
くっくと笑い続ける娘を「無礼者め」と叱責してみたが、娘の笑い声は収まらない。
苛々と娘を呼ぼうとして、王子は娘の名前を知らないことに気がついた。
「…おいっ、娘っ」
なんともばつが悪い。
「はい?」
「…名は、何と言う」
唇の先だけでぶつぶつと問われた言葉に、娘は今度こそ本格的に声を上げて笑い始めた。
<不死なる者の花嫁>
王子が王位に就いたとき、王を補佐し盛り立てていく存在というものは、王子時代からの遊び仲間であることは、魔界でもどこの国でも変わらない。
住む人こそ違えど、人間と魔界人、そんなところはよく似ているとモーリは思う。
かく言うモーリも王子レドルフの側近として、城に仕える身分である。
魔界の中でも最長を誇るであろう寿命を持つ、不死なるものの長の家系に生まれた者として、当然のように城に出入りしている。
城に出入りしている魔界人達は、たいていが各自の生まれに別れて派閥を形成しており、微妙な力関係を保っていた。
王が交代するする時、それは則ちこの力関係に変化が生じるときである。
その変化の時に、吸血鬼一族がどれだけ勢力を誇示できるかは、王子の側近であるモーリの肩に掛かっているといっても過言ではない。
とはいえ、王子自身は文学肌で控え目なこの吸血鬼を、あまり好いてはいないようだった。遊び相手を欲する王子には、同じ吸血鬼でも末席にいる小間使いのサンドの方が都合がよかったのである。
煙たがられるというわけでもないが、好んで話もしない。興味の沸いた事を自分で調べる代わりにモーリに聞く。王子にとってのモーリは、語り部か辞書のようなものだろうか。それでも名門貴族として、城での催し物には必ず参加し、王子のそばに控えた。
表向きは、花咲きを喜ぶ春の宴。だがその実王子の婚約者を選ぶ舞踏会で、モーリは運命の娘に出会った。それは幸運であったのか、不運であったのか。闇の貴公子の凍れる心臓に温かな血を注ぎ込んだのは、月の狂気に犯された獣の娘の姿であった。
月の光を集めたようなプラチナブロンド。深緑の森を思わせる、生命力に溢れた翡翠の瞳。柔らかそうな白い肌。ピンと伸びた背筋。育ちの良さが一目でわかる高貴な横顔。自信に満ちた、そのくせ控え目でどこか陰りを帯びた眼差し。
その眼差しに、目を奪われた。心までも。
王子の側を離れたことに、モーリは最初気付かなかった。知り合いに呼び止められるまで、その娘を見つめ続けていたからだ。
「あの、方は?」
モーリの視線の先を追った同僚は、ああ、とひとつ呟いた。
「ラルサイクロフォード卿の孫娘だ」
先王の側近、ラルサイクロフォード・アルバインの名には覚えがあった。彼には娘しかおらず、その娘もクレリー家に嫁いだ為に、アルバイン家は彼の代で途絶える。
厳格な掟により続いて来た一族婚は、ここに来て弊害を示していた。
子の奇形。そもそも新しい命の誕生自体が、稀となっている。
魔界人、こと吸血鬼や狼人間は不死である。とはいえ全く滅びないわけではない。そもそも純血種の絶対数が少ない。
新しい命が誕生しないということは、一族の衰退を招くのだ。事実吸血鬼村に、純血の吸血鬼はモーリが最年少。この300年、子は生まれていない。モーリの下には、傍系の男子にサンドがいるが、彼を吸血鬼というには能力が低すぎた。
狼人間の一族も、似たような物だと聞いている。
本来多産の狼を祖としておきながら、近年誕生する子の数は激減し、ラルサイクロフォード卿の孫娘シーラが最年少だ。
ならば彼女も、あの細い双肩に、一族の未来を担いでいるのだろう。
憐れだな…
遊びたい盛りの、若い娘だろうに。
「次のお妃候補第一号だそうだ。王子のお目がねにかなうといいな」
モーリの肩をひとつ叩いて、同僚は去っていったが、モーリは彼の台詞の後ろ半分を聞いていなかった。
お妃候補だという言葉に、そして自分の抱いた感想に、酷く狼狽していたからだ。
彼女が王妃に?
似合わない。
彼女のような女性には、自分のような男こそが相応しいのだ。
「お…」
意味のない言葉が口をつく。目眩を覚えて額を覆った。
「大丈夫ですか?」
背中と腕に回された小さな手。その熱さに驚く。
「こちらへ」
細い腕に導かれるまま、広間の外れへ連れていかれる。差し出された椅子に腰掛け、温かな手が、モーリの冷たい体を離れた。
「貧血かしら?」
顎に人差し指を当てて小首を傾げる娘に、モーリは思わず苦笑する。吸血鬼が貧血だとして、この乙女はその身を差し出すとでもいうのだろうか。
「失礼。もう大丈夫です。ありがとう。親切なお嬢さん」
「……シーラ」
「え?」
笑われたことよりも、名前を呼ばれないことが不満。そんな顔をして、彼女は言った。
「シーラ・クレリーですわ」
幼子のように唇を尖らせ、拗ねた風に瞳をそらす。
「わたしはモーリ。エトゥール家のモーリ。ありがとう。シーラ」
微笑んで手を差し出せば、シーラははにかんだ笑みを見せた。
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