◆キリ番の作品

□ときめきのキリリク
2ページ/60ページ

もらい先のない1000番キリ番作品
1000Hiterさんにささげます

2008年ハロウィンSS


■お兄ちゃんは心配性

 もはや恒例となった、イベントごとの、真壁家・神谷家合同ホームパーティ。
 子供たちが小さいうちは、子供を喜ばせたい一心の親たちが主催していたそれも、年々子供たちが主体となって準備が進められるようになっていた。
 友人を呼んでのイベントに、一番張り切るのはもちろん愛良だ。
 卓のほうは小学3年生にもなるころにはまったく見向きもしなくなっていた。それでも面倒だの何だのといいながら準備は手伝うし、当日もきちんと参加する。それが年長者として、愛良の兄としての責任だと思うからだ。
 卓にパーティがつまらないのかと問えば、「べつに」というそっけない返事が返ってくるだろう。
 夢々の相手をするのは面倒だが、パーティ自体がつまらないわけではない。大人ぶって格好つけてみたって、ご馳走食べて友達と騒ぐのは卓とて楽しい。

「お前、いまなんつった?」
 目を丸くして、卓は妹を見た。
 母親そっくりのこの妹は、クルリンとこちらを振り返ると悪戯っぽく笑った。
「だ・か・らぁ。新庄さんも誘ったの!」
 僅かに頬を染めて「きゃ」と語尾にハートマークをつけて恥らう妹に、卓は軽く頭痛を覚えた。
 今年の夏で部活を引退したとはいえ、鬼コーチの新庄と楽しくハロウィンする度胸は、卓にはない。
(いやいやいや)
 問題はそこではない。
「お前、そのことお父さんに」
「もちろん内緒」
 唇に人差し指を当てて、きゅっと眉を寄せる。
「だからお兄ちゃんも内緒にしといてね!」
(なんだとぉぉぉぉ!?)
 母はいい。
 恋愛教信者の母は、子供たちの恋愛には寛大だ。
 親としてどうだろうとこちらが思うほどに積極的にバックアップすらしてくれる。それはもう、お節介なまでに。
 しかし、問題は父だ。
 古風で頑固一徹な父は、高校生の卓にさえ、言外に責任の取れないような行動はするなとプレッシャーをかけてくる。
(おかげで俺は…)
 相思相愛・プチ同棲のココとキス以上の関係になっていない。
 同年代の友人がどんどん大人の階段を上っていく中で、取り残され、お預けを食らっている状態だ。
(いや、それはおいといて…)
 そんな厳格な父は、自分以上に妹の愛良を溺愛していることを卓は知っている。卓だって、妹のことは大事だ。まだ中学生の妹に、恋愛なんて早いと思っている。
 愛良が新庄を好いているとこは、家族中が承知しているが、父はいい顔をしない。
 物理の家庭教師に新庄を招いた時も愛良の部屋ではなくリビングで勉強させていたし、たぶん新庄本人にも大人としての節度ある交際をするようにきつくいい含めているはずだ。
 その、父に内緒で、このお気楽恋愛馬鹿妹は、新庄を夜中まで及ぶハロウィンパーティに呼んだというのである。
「おま、おまえなぁぁ!」
「ばれたらおにいちゃんも怒られるんだかんね!」
 思わず振り上げた拳から逃れるように身を翻して愛良が舌を出す。
「こぉの馬鹿妹!」
 きゃあと笑いながら走り出した妹を、兄は全力で追いかけた。


「はい卓オニイサマ♪」
「さんきゅ」
 神谷家で行われるパーティには、多分愛良のクラスメイト全員が来ている。
 幼稚園から一緒の友達がほとんどだから、神谷姉弟以外にも見知った顔はたくさんあった。
 卓は夢々にかいがいしく世話をされながら、妹の姿を探した。
 愛良の周りには人が集まるからすぐわかる。
 ゆかちゃんとかいった仲のよい女の子と、でかい口あけて笑っているのが見えた。手には3個目のケーキが乗った皿。
(あれで恋愛語るのか。食欲の塊が) 
 ジト目で見てやると、気づいたのか「いーっだ」と舌を出した。
「ま、愛良のやつ! 卓オニイサマになんて態度なのかしら! ちょっと愛良!」
 卓が何もいわなくても、夢々が食って掛かる。毎度のことなので誰も何も言わない。食べ物を持って避難するだけだ。
 ちらりと、愛良が時計を見た。悲しそうな顔。
(ああ、もうそんな時間か)
 時計の針は、20時45分を差している。
 夜まで遊んでいてもいいとは言ってもこのパーティの制限時間は21時までだ。
 新庄は、まだ来ていない。
 子供達だけのパーティに大人の新庄がやってくるなんて、普通に考えればありえないことだ。卓だって、毎年の恒例行事じゃなかったら、神谷家で行われるのでなかったら、中坊だらけのこんなところに参加などしない。
 けれど新庄は(愛良が無理やりにさせたにせよ)約束をたがえるような男ではないことは卓も知っている。
(バイト、入ってんだろうな…)
 友達の輪の中で笑っている妹の笑顔が、悲しげに見えるのは多分生まれたときから彼女を見てきた自分だからこそなのだろう。
「風、俺ちょっと家に電話入れてくるから」
「え、あ、お待ちになって卓オニイサマぁ」
 携帯片手に神谷邸を出る。
 発信先は「新庄コーチ」
 数コールで、相手が出た。
『真壁?』
「あ、はい。真壁です。お忙しいところすみません」
『あ、いや。今バイト終わって、これからそっち行くところなんだが…21時までだったよな?』
「はい。妹が無理言ってすみませんでした」
『や、俺も約束しちまったし…』
 ふ、っと電話の向こうで新庄が笑った気がした。卓も、つられて笑う。
「歩きっすよね? 俺、チャリなんで、あいつ連れて途中まで迎えに行きます」
『だが門限は?』
「俺も一緒なんで。多少は」
『……』
「貸しでいいっすよ」
 冗談っぽく言うのにも、少し勇気が要った。
 怒られるかと思ったが、意外にも嘆息が聞こえて
『すまん』
 どうやら頭を下げたらしかった。
「…いえ。じゃあ、失礼します」
 はー、と長い息を吐いて、星空を見上げる。さっきまで晴れていた空は薄曇。
「…ったく、あいつは」
 がしがしと前髪を掻いて、卓は再び携帯電話を操作した。
「…あ、お母さん? 俺。少し遅くなるけど、心配しないで。食いすぎたから、ちょっとぶらついて帰る。うん。愛良も一緒。うん。大丈夫だよ。じゃあね」
 はふぅと息を吐く。
(父さんじゃなくてよかった)
 父親相手ではこうはいかない。まぁだからこそ、母が出るのがわかっていて、自宅に架けたのだが。

 21時ぴったり。神谷曜子の鶴の一声でパーティはお開きとなった。
 友人と別れてとぼとぼ歩き出した妹の腕を引っ張り、卓はずんずん人通りのないほうへ入っていく。
「ちょ、ちょおっとお兄ちゃん?」
 街灯もまばらな暗い路地。わけもわからず引っ張り込まれた愛良はさすがに顔を引きつらせた。
「妹相手に何する気?痛」
「ばか。行くぞ」
 ひとつはたいて、肩を抱く。そのまま卓はテレポートした。
「コーチはバイト上がりでこっちに向かってる。お母さんには遅くなるって言ってあるから、行って来い」
「え?」
 訳がわからないという顔の愛良に、卓はくいっと後ろを示した。
 今しもそこから小走りの新庄がやってくるところだ。
「お兄ちゃん!」
 ぱぁっと愛良の表情が明るくなったと同時に空の雲も晴れる。
「ダイスキ!」
 きゅっと抱きついて、頭をぽんぽんしてやろうと思ったときには…
もういない。
 走り去っていく長い黒髪を見送って、卓は小さく鼻を鳴らした。
「妹に好かれても、ね」
 袖をまくって腕時計を確認する。21時12分。
「俺も甘いよなぁ」
 コンクリートの塀に背中を預け、卓はぼそりとつぶやく。内心ではどのタイミングで出て行くべきか考えていた。
 しばらく目をつむり頭の中で時間を測る。
「でも、世の中そうは甘くない」
 21時20分。
 兄はのそりと塀から体を引き剥がした。
 優しい兄貴もそうそう甘くはないのだ。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ