◆キリ番の作品

□ときめきのキリリク
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明暗 蘭世争奪戦
5.共同戦線

――――――――――梢

 シーズンオフとはいえ、旅行客が見に来る場所なんか大差ない。そこここに修学旅行生や地元の遠足、早い長期休みに入った大学生なんかがうろうろしていた。
 うちの学校は、制服も生徒の感じも、誰が見てもミッション系お嬢様学校。
 育ちの良さそうなお嬢さんがちょろちょろしてたら、少しやる気のある男なら引っ掛けたくなるのが人情だろう。
 特に、うちの班にはいるだけで人目を引く蘭世ちゃんがいる。

「あの、すいません」

 頭悪げなの大学生が蘭世ちゃんに声をかけてきた。
 すいませんて何よ。すいませんて。
 あんた空気も吸わないっての?

「はい?」

 ああああああああ
 蘭世ちゃんも律義に振り返らなくていいのー!
 まったくもー!!
 今日だけで何回ナンパされたと思ってるの? いい加減気付きなよ!
 この容姿で、今までナンパもされた事がないなんて、一人で出掛けた事ないんかいな。

「君達、どこの学校?」
「東京、ですけど」
「へぇ、俺達栃木なんだよ! 近所じゃん!」

 ぜっんぜん近くない。
 あんた日本地図見た事ないの?
 てか、蘭世ちゃんも正直に話さないのー!

「修学旅行? ねぇ、よかったら一緒に見て回らない? 君達みたいな女子高生だけだと、何かと危険だろ?」

 おまえらみたいなのがいるからな。

「えぇ、っと…」

 君達、と言いつつ、野郎どもは蘭世ちゃんにしか話し掛けてない。露骨だよなぁ。
 困った様子で蘭世ちゃんがこちらを振り返る。
 あたしたちは溜息ついて、両脇から蘭世ちゃんをひっぱると、大学生から距離を取らせた。

「他校の方と関わらないように言われていますから、困ります」

 悦子がきっぱり正論を口にする。蘭世ちゃんがここまで相手をする前なら、ひたすら無視するという手も使えたのだが、一度きちんと話をしてしまった以上、もうその手は使えない。

「他校たって、俺ら大学生だしさぁ。別にばれやしないって」
「そういう問題では…」
「なぁいいじゃん。奢るしさぁ」

 更に言い募る悦子の肩に、一人が触れた。別の一人が、蘭世ちゃんの手首を引く。

 カチン

「いてっ」

 蘭世ちゃんの手を掴んだ男がつんのめる。あたしが男を蹴飛ばすのを見て、悦子も自分の肩にかかった男の手をはねのけた。

「行くよ!」

 呆然としている蘭世ちゃんの手を引いて走り出す。

「このっ!」

 ふくらはぎを蹴飛ばされてまだうずくまっている奴を除いた2人が追いかけてくる。
 これはすぐに追い付かれそう。
 やばいな。
 ちらりと後ろを振り返ったあたしは、そこに在るはずのないものを見つけて目を見開いた。


――――――――――俊

 観光名所とやらを見て回るったって、興味のある人間なら面白いんだろうが、おれはこーゆーのはあまり得意じゃないんだよな。
 名産らしい、ガラス細工の店。江藤がいたら、喜ぶんだろう。

「買うんすか?」
「いや…」

 たかがガラスの癖に、けっこうしやがる。

「彼女のプレゼントによさそうじゃね?」
「江藤さん喜びそうじゃん」

 えーい、次から次へと欝陶しい!!
 そんなことはわかってんだよ!

「だ ま れ」

 ひとりずつデコピンをかまして黙らせる。

「いて〜」
「暴力反対」
「江藤さんに言い付けてやる〜痛」

 一発追加。ったく…

「お前ら、なんか買うのか?」

 揃って首を横に降る馬鹿ども。

「じゃあもう出ようぜ」
「おー」
「あ、俺腹減った」
「マックでもいくか?」
「えー、北海道まで来てマックかよ」
「だって金ねーもん」
「真壁は?」

 マックね…
 一瞬カロリーやら脂質が頭を過ぎったが、贅沢言っていられる財布でもない。

「かまわないぜ」

 こんな時ほんと、江藤が作ってくれる弁当の有り難みがわかるよな。

「んじゃ決まり」

 分厚いコートを着込んだ人達のお陰で狭くなった通路を、棚の硝子細工を落とさぬよう注意しながら、おれたちは店を出た。


 歩きながら、事前に用意して来たガイドマップを開いて、あーだこーだとマックを探す。
 さびっ
 もうどこでもいいから、どっか入ろうぜ。
 雪でも降り出しそうな空だ。空気を吸うのを肺が拒否しそうなくらい寒い。

「なぁ…」

 道路を挟んで向こう側にファミレスがある。それで手を打たないかと言おうとして、おれはそこに見慣れた後ろ姿を見つけた。
 同様に、気付いたらしい大津が手を翳して「お♪」と浮かれた声を上げる。

「江藤さん達じゃね?」「そうみたいだな」
「そんだけぇ?」
「何だよ」

 にやにや笑うな。
 えーい、肩に腕をまわすな。
 誰かさんみたいな真似しやがって…
 ……ん?

「あれ? おい、あれって、やばいんじゃねーか?」
「どうした? っておい、真壁!?」

 信号は赤だったが、そんな事は問題じゃない。
 クラクションと罵声の一切を無視する。生憎、車に当たるほど鈍くはないんでね。

「おいっ」
「きゃ…」

 今しも江藤の腕を掴もうとしていた男の腕を捕らえる。そのまま肩の関節を固めてやった。

「イデデデデデ!!」
「真壁!」
「真壁くん!」
「よぉ」

 両目を真ん丸く見開いているお嬢さん方に軽く挨拶。
 どういういきさつでこうなったのかは、まぁ、何となく想像が付くな。

「てめぇっ」

 そういえば、まだ何人かいたな。
 軽く睨んでやると、男達は勢いを無くした。
 ついでに捕らえていた奴も解放してやる。

「なんのつもりだよ? 俺達はそっちの子に用があるんだ」
「へぇ?」

 どうせ強引にナンパして、言う事聞かないからって向きになって追い掛けてきたんだろう。

「こっちは用なんてないわ。迷惑だからついてこないで!」
「梢ちゃん…!」

 富樫の、交差点中に聞こえそうなよく通る声。
 かっこよく担架を切ったはいいが、実は足が震えてるってのは、見なかった事にしてやるか…。

「だ、そうだ」

 俺は無意識に笑っていた。ナンパ野郎どもはまだ突っ掛かってきそうな気配だ。というか、今ので逆に煽ったかな。

 おいおい。まだやるつもりか? 引き際ぐらいわきまえろよ。
 こちらとしても、騒ぎを起こして停学だの何だの喰らうのは御免だ。

(真壁くん…)

(だいじょうぶだ)

 テレパスで返して、頷いてやる。
 お前の初めての修学旅行。台なしにはさせないさ。

「真壁」

 大津たちもやってきて、こちらは男4人。辺りの野次馬も増えてきた。これでも引かないってんなら、逃げやすいように手伝ってやるぜ?
 視線に、少しだけ力を込める。
 逃げ出すよう暗示をかけても良かったんだが、ここは人間らしく行こうじゃないか。

「ちっ」

 ナンパ男達はそれぞれ目配せしていなくなった。
 おれの眼ツケもまだまだ捨てたもんじゃない。

「…っ はぁぁぁぁ」

 大きな溜息に振り返れば、あからさまに脱力した風の富樫。思わず噴き出してしまった。

「真壁くん!」
「大丈夫だったか?」
「うん。びっくりしちゃった。知らない人に追いかけられるとは思わなかった」

 ま、日頃はこんな事がないように気をつけてたしな。
 鈴世も、親父さんも。
 そんな事、気付いてないんだろうな。こいつは。

「あれは梢が蹴っ飛ばすから〜〜」
「ええええっ。悦子だって嫌がってたじゃん!」

 蹴っ飛ば…
 …さすが富樫。

「富樫さんたちさ、また変なのに絡まれても困るだろ? 一緒にいかない?」
「俺たち、別に特別見たいものもないしさ。なぁ真壁?」
「ん? ああ。そうだな」

 江藤が喜んだのは言うまでもない。
 ほんと、こいつは顔に出るから…
 で、江藤が喜ぶのは判るんだが、なんで富樫までにやける?
 こいつの考えてる事はよくわかんねぇや

「富樫」
「?」

 不思議そうに見上げてくる富樫に、にやりと笑いかけてやる。いつもいつもやられてるお返しだ。

「これでこないだの貸しはチャラだな」
「はっ?」

 器用に方眉だけ上げて、鼻で笑いやがった。

「ぜんっぜん、チャラじゃないから」

 やれやれ。高くついたもんだ。

 後で聞いた話なんだが、井出が班行動のプランを立てたときから、江藤たちの班とのニアミスを狙っていたらしい。
 これから先、結局江藤と同じルートを取る事になった。嵌められたような、結果オーライな様な…


――――――――――梢

 颯爽と現れたそいつを、不覚にも「カッコイイ」などと思ってしまった。
 あたしが守れなかったお姫様を、こいつはあっさり悪者の手の届かないところへ連れていく。
 睨んだだけで、悪者達は尻尾を巻いて逃げ出した。
 はなから役者が違うんだよ。張り合おうってのが間違い。思い上がりも甚だしい。

「真壁くん!」

 出て来ただけで、彼女にこんな笑顔をさせちゃうようなやつは、こいつしかいない。
 思い上がりってたのはあたしも一緒か…。
 あー、ため息ついちゃったよ。

「これでこないだの貸しはチャラだな」
「はっ? ぜんっぜん、チャラじゃないから」

 ぷい、と顔を背けて集団の先頭に踊り出る。
 差引0にならないよ。完全に、あたしの借りだ。
 悔しいなぁ。

 それでも、まぁ。

 あの真壁俊に貸しだの借りだのと言わしめる自分が、すこし誇らしかった。
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