◆キリ番の作品

□DQキリリク
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11. 跳ね上がった心で気付いた

※「痛みを伴う予感」の後。


明けぬ世界、アレフガルド。城塞都市メルキドは絶望し、頽廃的な雰囲気が街中を覆っていた。
魔王と魔物の脅威に、じわじわと迫る死と滅びの恐怖に、人々は快楽に逃避した。

「あら、いい男ね」

酒と香水の匂いを撒き散らすこの女も、もとはただの街娘だったに違いないのだ。
腕を絡ませ、開けた胸を押し付ける女を憐れだとは思う。けれど、仲間の青年に言い寄っている女と、振り払うでもなく無関心に微笑んでいる青年が、無性に腹立たしい。
リリアの時が1だとするなら、今感じている憤りは10。
薬草を干したものに火を付けて、その煙を吸い込んだ女が、口移しに煙をレイに吸わせようとしている。
どくりと心臓が鳴って、アレクシアは席を立っていた。

「何よ!?」

レイモンドにしな垂れかかっていた女を、アレクシアは引きはがしていた。ほとんど無意識だったとにかく嫌だったのだ。
他の女が彼に触れるのも、彼が触れるのも。
文句を言おうとしていた女は、アレクシアを見て毒気を抜かれたようだった。肩を竦めて苦笑し、去っていく。

「潔癖だな」

からかうような、馬鹿にしたようなレイモンドの台詞に、大きく心臓が跳ねた。
いらだたしさと切なさに息が詰まる。何も言えなくて、顔を俯かせて背を向けた。
なんだか涙が出そうで、早くこの場を離れたかった。

「悪かったなっ」

 言い捨てた言葉を震えないようにするので、精一杯だった。逃げるように走り出した自分が、他人の目にどう写っているのかなど、気にする余裕もなかった。


 人を避けて早足で歩き出したアレクシアの後を、レイモンドが追いかけてくる。だからアレクシアは、逃げるようにさらに足を早めた。

「おい!」

どのくらい追いかけっこが続いたのか、町外れの袋小路で、肩を掴まれた。二人とも息が弾んでいる。
掴まれた肩を乱暴に振り払って、アレクシアはレイモンドを睨んだ。

「なんで着いてくるの!?」

それもよりによってレイモンドが。

「お前が人の話を聞かないからだろう」

一度は振り払った肩を、今度は両手でしっかりと掴まれ、顔を上向かされた。
掴まれた肩が熱を持っている。鼓動が速くなるのは、追いかけっこのせいではない。

「だって嫌だったんだ」
「は?」
「レイはリリアが好きなんでしょう? なのにどうして他の女の人とあんな事するのよ?」
「はぁ?」

顔は斜めに背けたまま、噛み付くように言う。睨み上げた視界は涙で霞んでしまっている。いつも酷白な顔をした青年が、酷く狼狽していた。

「誰が誰をだって? いや、そもそもなんでそれでお前が嫌がるんだよ?」
「だって…」

表面張力で保ち切れない涙が零れてしまうと、アレクシアは本格的に泣き始めた。

「気付いちゃったんだも…」

子供のように、子供の時でさえ滅多に泣かなかったのに、涙が止まらなかった。

「わた、し、レイが…」

自覚したばかりの想いを口にしようとした時、頬に指が触れて、光が陰る。唇になにか触れて離れた感触に、驚いて目を開いた。
二度瞬いて、まだ状況が掴めない。小さく首を傾げたアレクシアを、至近距離でレイモンドが覗き込んでいた。

「涙、止まったな」

ふ、と笑って。もう一度顔が近づく。

「好きだよ」

そういった知識の乏しいアレクシアも、ようやく状況を理解した。混乱した頭の中で、とりあえず目を閉じる。唇もぎゅっとつぐんでいると、小さく笑う気配がした。そして、抱きしめられる。

「ガチガチだな」

レイモンドの体温に少しだけ緊張が緩んだ。

「なんで…?」

心臓はうるさいくらいに早い。

「うん?」
「リリアは?」

見上げた男は不思議そうな顔で見返してくる。

「何もないよ」
「嘘」

即座に否定すると、男の喉がくっくと笑った。

「あー、俺は嘘つきだからな」

ふと、真面目な表情になって、一瞬見つめ合う。レイモンドは、アレクシアの耳を胸に当てさせた。うるさいほどに早鐘の鼓動。

「なんであんなにもお前の事が気になったのか、ようやくわかった」

こんなに柔らかく微笑むレイモンドを見たことがない。笑顔に引き込まれて声を失った唇に、二度目の口づけ。
掠めとられたかのような不意打ちのキスに、アレクシアは真っ赤になってレイモンドの胸に顔を埋めた。



10. そんな顔もするんだね

※「跳ね上がった鼓動」のレイサイド


いつもなら食ってかかるアレクシアが、顔を俯けて背を向ける。そのまま歩き出したアレクシアを、レイモンドは追いかけた。

「おい?」

声をかけても、振り返るどころかますます足を早めるアレクシアを、レイモンドもムキになって追いかけた。
いつもと様子の違うアレクシアと、街中でやり合うのも気が引けて、城塞の端まで来てしまった。

「おい!」

壁を向いたまま振り返りもしないアレクシアの肩を掴むと、思い切り振り払われた。こめかみでカチンと音がしたような気がした。

「なんでついてくるの!?」
「お前が人の話を聞かないからだろう」

今度は振り払わせまいと、両手でしっかりと肩を掴んで顔を上向かせた。意外に華奢な感触に、どきりとする。
鼓動が速くなるのは、追いかけっこのせいではない。

「だって嫌だったんだ」
「は?」
「レイはリリアが好きなんでしょう? なのにどうして他の女の人とあんな事するのよ?」
「はぁ?」

顔も見ずに、いきなり何を言い出したのか、図りかねてアレクシアの顔をのぞきこもうと背を屈めた。
ちらりと上目使いでようやくこちらを見たアレクシアは涙ぐんでいる。
女の涙は得意ではないが、彼女が相手でなければこんなに驚きはしなかったろう。彼女がこんな顔をするとは露ほども思わなかったからだ。
彼女は勇者オルテガの娘で、彼女自身魔王を倒した勇者で、気の強い、しっかりした女だと思っていたのだ。
レイモンドは自分がひどく狼狽していると思った。英雄サイモンの子として、常に自分を律していく事を己に課したというのに。彼女を前にすると、それが乱される。そんな自分が腹だたしく、自分を乱すアレクシアが苛だたしかった。

「誰が誰をだって?」

リリアの名前が出て来る事がまず理解できない。

「いや、そもそもなんでそれでお前が嫌がるんだよ?」
「だって…」

ぽろぽろと涙を零し、少女のようにアレクシアは泣き始めた。

(あ、こいつ…)

少女のように、ではなく、アレクシアはまだ17歳の少女である事に、今更ながらに気付く。
父の、勇者の名に潰されぬように気を張っていたのは、彼女も同じ。ましてアレクシアは年下で、女だ。
目の前で、透明な涙を流す少女を守りたいと、愛しいと思った。

「気付いちゃったんだも…わた、し、レイが…」

しゃくり上げながら、アレクシアが言わんとしていることに気付いて、焦る。やられっぱなしでは男が廃る。
桜色の小さな唇に、そっと口づけた。
アレクシアは驚いたように目を瞬いた。

「涙、止まったな」

まだ状況が掴めないらしい。小さく首を傾げたアレクシアが、たまらなくかわいい。抱きしめたい衝動に駆られる。こんな感情、自分にあるなんて知らなかった。

「好きだよ」

多少照れ臭くはあったが、先に言っておきたかった。至近距離で覗き込むと、あたふたと小さく暴れた末に目も唇もなにもかも、ぎゅっと縮こまる。その様子もかわいくて、ふっと笑った。衝動のままに抱きしめる。

「ガチガチだな」
「なんで…?」

心臓はうるさいくらいに早い。

「うん?」
「リリアは?」

だから何でリリアなんだ? 真っすぐな瞳が見返してくる。

「何もないよ」
「嘘」

一刀両断されて、レイモンドは苦笑した。自分の素行を思えば、信用しろと言うのが無理かもしれない。

「あー、俺は嘘つきだからな」

ふと、真面目な表情になって、一瞬見つめ合う。レイモンドは、アレクシアの耳を胸に当てさせた。うるさいほどに早鐘の鼓動。言葉を信じられなくても、胸の鼓動なら信じてくれるだろうと。

「なんであんなにもお前の事が気になったのか、ようやくわかった」

ふ、と微笑む。息を飲むように言葉を失ったアレクシアにキス。真っ赤になって俯いた少女を、レイモンドは力を込めて抱きしめた。
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